能力主義を超え、「半身労働型社会」の実現を!

勅使川原真衣×三宅香帆 『働くということ』刊行記念
勅使川原真衣×三宅香帆

他者と働くときに、なぜわたしたちは常に「能力」が足りないのではと煽られ、自己責任感を抱かされるのでしょうか。
組織開発専門家・勅使川原真衣さんの『働くということ 「能力主義」を超えて』では、著者が自ら経験した現場でのエピソードをちりばめながら、わたしたちに生きづらさをもたらす、人を「選び」「選ばれる」能力主義に疑問を呈し、人と人との関係を新たに捉え直す組織論が展開されています。
今回の対談には、著者の勅使川原真衣さん、そしてゲストには『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』が大ヒット中の文芸評論家・三宅香帆さんをお招きしました。能力主義のこの社会で働くときに必要な心構えについて、さまざまな角度から提言していきます。
※2024年10月19日、本屋B&Bで行われたイベントを採録したものです。

勅使川原真衣さん(左)と三宅香帆さん(右)

書く前に目次は作る? 作らない?

三宅 集英社新書、『働くということ』と『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』は、よく「編集者が同じなんでしょう」と言われるけど、違うんですよね。

勅使川原 三宅さんと私がもともと友達で、しめし合わせて書いたんだって思ってらっしゃる方もいるそうですが、実は今日が初対面です(笑)。よろしくお願いします。

三宅 よろしくお願いします。

勅使川原 『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』を読んで、三宅さんって面白い人だなと思いました。ちょいちょい、悪い感じの言葉が出てくるでしょう(笑)。「村上龍だけには言われたくねえ」とか。

三宅 2002年にベストセラーになった『13歳のハローワーク』のところですね。この本は子ども向けの職業事典みたいな本なのですが、「作家」の項目に、犯罪者でも定年後にでもなれる「最後の職業」と書いてあるんです。だから、そんなに急いでなるもんじゃない──と。でもそれを書いている村上龍さん自身は20代で鮮烈でかっこよすぎるデビューをかましている、というところに村上龍読者からの素朴なツッコミを入れました(笑)。

勅使川原 たしかに、あそこは読み捨てならないですよね(笑)。そういうものも含めて、明治時代から現代までの、読書をめぐるいろんなエピソードをよくまとめてくださったなと思いました。

三宅 今回の本は、労働史と読書の歴史をひもときながら、なぜ現代の人たちは本も読めないくらい忙しくなってしまっているのかを、読み解いていくというコンセプト。正直なところ、作者としては突っ込みどころもいっぱいあるだろうなと思っています。でも、あまりにエビデンスの証明を追求して網羅的な歴史の本になるよりは、読み物として楽しめるように面白いエピソードを拾っていこう、というつもりで書きました。

勅使川原 書き出すときには、全体の流れはもう見えていたんですか?

三宅 私はいつも、書き出す前に目次を作るんですよ。「はじめに」も最初に書きます。

勅使川原 三宅さんは「作る派」なんですね。

三宅 え、作らないんですか?

勅使川原 全然作らないです。私の「書く」ことについての師匠である人類学者の磯野真穂さんに、そう教わったので。初めて本を書くときに、「こう書こうと思います」と事前に構成を考えて磯野さんに見せたら、怒られたんですよ。「予測不能なものを見たいんだから、分かりきったことは書かないで」と。だから今回の『働くということ』も、どう書くか分からない状態で書き始めました。

三宅 目次なしで10万字とか、どうやって書くんですか?

勅使川原 書いているうちに、気付いたらだんだんできてきます。

三宅 天才じゃないですか(笑)。

勅使川原 三宅さんの場合は、「読書と労働」という今回の本のアイデアはどこから出てきたんですか?

三宅 最初は読書論というか、「どうやって本を読むか」という読書法的なものを書いてほしいと言われたんです。それで、何かいい切り口がないかなと探していたんですが、思いつかないまま2年くらい経ってしまった。

 そんなときに、『ファスト教養』(集英社新書)のレジーさんとの対談で「でも働いてると本って読めないですよね」と盛り上がったんです。その対談が記事として公開されたときに「たしかに働いてると本が読めない!」という反応がたくさんあって。「あ、このテーマってあんまりまだ深掘りされてないな」と思ったのが最初ですね。

勅使川原 単なる読書攻略本みたいなのでは物足りないと思ったんでしょうか。

三宅 いや、攻略本のていで一応前書きは書いてみたんですよ。でも、目次をつくろうとしたときに何も書けなくって。

勅使川原 このテーマには言いたいことが特にない、ということですかね。

三宅 本はやっぱり今までになく新しい、意味のあるものを提示しないと、書く意味がないじゃないですか。その「新しいもの」が何も見つからなかったという感じですね。

勅使川原 で、そういうときは潔くテーマというか切り口を変えると。

三宅 はい、忍耐力がないので。勅使川原さんはなんとなく、忍耐強く何かが「降りてくる」のを待っていそうです。文体からして。

勅使川原 さすが批評家! そうなんです。机の前で待ち続けて、2万字くらい書いてみて結局消してしまったりもする。

三宅 すごい。それに比べると、私は諦めがいいんですよね。

勅使川原 天才ですね。

三宅 いやいや、逆でしょう。

三宅香帆さん
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働くということ 「能力主義」を超えて

プロフィール

勅使川原真衣×三宅香帆

勅使川原真衣(てしがわら・まい)

1982年横浜生まれ。組織開発専門家。東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。外資コンサルティングファーム勤務を経て、2017年に組織開発を専門とする「おのみず株式会社」を設立。二児の母。2020年から乳がん闘病中。「紀伊國屋じんぶん大賞2024」8位にランクインした初めての著書『「能力」の生きづらさをほぐす』(どく社)が大きな反響を呼ぶ。近刊に『働くということ 「能力主義」を超えて』(集英社新書)、『職場で傷つく リーダーのための「傷つき」から始める組織開発』(大和書房)がある。

三宅香帆(みやけ・かほ)

1994年生まれ。高知県出身。文芸評論家。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了(専門は萬葉集)。大学院在学中に書店店長を務め、「京大院生の書店スタッフが『正直、これ読んだら人生狂っちゃうよね』と思う本ベスト20を選んでみた。《リーディング・ハイ》」が、2016年はてなブックマーク年間ランキングで第2位となる。卒業後、会社員生活をしながら執筆活動を続けるが、読書時間を求めて独立。幅広い分野で批評や解説を手がける。現在、京都市立芸術大学非常勤講師も務める。大ベストセラー『なぜ働いていると本が読めなくなるのか 』(集英社新書)をはじめ著書多数。近刊に、『「好き」を言語化する技術 推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない』 (ディスカヴァー携書)がある。

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