オレに死ねと言ってんのか? ━検証!高額療養費制度改悪━ 第13回

高額療養費制度をめぐる現状は、結局どうなっているのか?

西村章

高額療養費制度を利用している当事者が送る、この制度〈改悪〉の問題点と、それをゴリ押しする官僚・政治家のおかしさ、そして同じ国民の窮状に対して想像力が働かない日本人について考える連載第13回。

「制度〈見直し〉」が凍結された後の動きとは?

 今年(2025年)3月に一時凍結された高額療養費制度〈見直し〉案は、「秋までに新たな方針を決定する」とされて議論が仕切り直しになった。それ以来、様々な紆余曲折を経て現在は11月も下旬にさしかかっている。そろそろ、何らかの決着に向けて大詰めを迎えてもよさそうな時期だ。そこで今回は、永田町や霞ヶ関の高額療養費制度に関するここまでの動きを整理し、議論がこれから向かうであろう方向についても見通しを立ててみたい。

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 昨年(2024年)冬に政府が2025年度予算案に盛り込んだ、高額療養費制度の自己負担上限額を大幅に引き上げる〈見直し〉案は、患者団体や医療関係者、様々な学界の研究者などから大きな反対があり、国会でも激しい論戦が繰り広げられた。一連の動向は新聞やテレビ、オンラインニュース等で連日報道され、やがてワイドショーや週刊誌などでも扱われるような話題になった。多くの批判に晒された当初案は、何度も修正を余儀なくされた挙げ句、最後は石破茂首相(当時)が3月7日に全面的な一時凍結を表明するに至ったのは周知のとおりだ。

 この当初案が凍結に至る過程では、全国がん患者団体連合会(全がん連)や日本難病・疾病団体協議会(JPA)等の患者団体が衆参国会議員に熱心な要望活動を続けたが、その活動から生じた成果のひとつが、与野党超党派で結成された「高額療養費と社会保障を考える議員連盟」だ。会長には武見敬三前厚労相(自民・当時)が就任し、中島克仁衆議院議員(立民)が事務局長、参加人数は衆参議員合わせて120名を超える大所帯になった。

 また、当初の政府〈見直し〉案が批判されたのは、高額療養費制度を利用する当事者の意見をまったく聞かないまま、厚労省社会保障審議会医療保険部会でたった4回の議論を経て政府案が作られた、というずさんなプロセスが大きな理由のひとつだった。その反省を受けて、医療保険部会の下には「高額療養費制度の在り方に関する専門委員会」が設けられ、全がん連やJPAの代表者も審議委員として参画することになった。

 超党派議連や専門委員会の発足などで、高額療養費制度に関する議論は秋の新たな方針決定に向けて仕切り直しになった恰好だったが、7月20日の参議院選挙で自民党が大敗して政局が一気に流動化した。この永田町の不安定な状況は、高額療養費制度の議論進展にも大きな影響を及ぼした。石破内閣では福岡資麿厚労相のもとで様々な意思決定が行われてきたが、政権の存続が危うくなったこともあって、議論は宙ぶらりんのような状態で頓挫。また、超党派議連会長の武見敬三氏が参院選で落選し、政治活動からの引退を発表するという出来事もあった。

 上記の「高額療養費の在り方に関する専門委員会」も影響を受けた。第1回の会議は5月26日、第2回は6月30日に行われたが、第3回の会議は8月28日まで、2ヶ月ものあいだまったく開催されなかった。会議の中身はというと、第1回は各委員の自己紹介と簡単な問題提起などの内容で終わり、第2回と2ヶ月後の第3回では、制度を利用する血液がんや難病の患者団体と支援組織、健康保険の運営者や医療経済学者、医師などが参考人として会議に参加して様々な角度から制度に関する意見を述べた。それらの意見をとりまとめて抽出された課題をもとに、9月16日の第4回からようやく議論らしきものがスタートし、1ヶ月後の10月22日に第5回が開催された。

第5回「高額療養費制度の在り方に関する専門委員会」のオンライン配信風景。この専門委員会や医療保険部会など、多くの審議会は現場での傍聴(要申請)以外にも厚労省のYouTubeチャンネルからオンラインで自由に視聴できるようになっており、会議は広く公開されている。

 これら9月と10月の2回の会議では議論はまだ生煮えで、充分に審議が尽くされたとはとても言いがたい状態だ。とはいえ、全体的な趨勢としては、医療保険制度全体の様々な改革課題を見据えたうえで、高額療養費制度の自己負担上限額引き上げは慎重に議論を進めてゆくべき、という方向に向けて少しずつ収束しつつあるようにも見える(もちろん、患者の自己負担額引き上げを主張している委員もいる)。そして、第5回から1ヶ月後の11月21日に開催された第6回専門委員会では、生煮えだった議論が、高齢者外来特例(後述)の見直しや制度の短期利用者と長期療養者を切り分ける検討などを中心に、少しずつ煮詰まりはじめそうな気配を見せている(ちなみにこの日は、上記の高額療養費超党派議連も午前8時から役員会を開き、動きを活発化させている)。

 この専門委員会と多くの審議委員が重複している上部組織、医療保険部会では11月6日の第202回会議で高額療養費制度が議題に上がり、「長期療養者や低所得者に充分な配慮をする必要がある」という点で多くの委員の意見が一致。「昨年のような事態を繰り返さないよう、データに基づいた丁寧な議論が必要」「性急に議論を進めるのは控えるべき」などの声も上がった。また、この日はOTC類似薬(ドラッグストア等で購入できる市販医薬品と薬の性質が同じあるいは似ている処方箋医薬品)の保険適用のありかたが議論され、翌週の11月13日に行われた第203回会議では、後期高齢者の窓口負担引き上げについて1時間超にわたり様々な意見が表明された。

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プロフィール

西村章

西村章(にしむら あきら)

1964年、兵庫県生まれ。大阪大学卒業後、雑誌編集者を経て、1990年代から二輪ロードレースの取材を始め、2002年、MotoGPへ。主な著書に第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞、第22回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞作『最後の王者MotoGPライダー・青山博一の軌跡』(小学館)、『再起せよ スズキMotoGPの一七五二日』(三栄)などがある。

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