プラスインタビュー

コロナ禍でもつくり続けるアーティスト

青山悟氏インタビュー
青山悟

今なお終息の出口は見えない新型コロナウイルス感染症。行政、経済、教育などあらゆる現場が打撃を受けるなか、アートもまた例外ではない。この春から初夏にかけて美術展は軒並み中止や延期を余儀なくされ、多くのアーティストが発表と収入の場の両方を失った。
取材・文=内田伸一 ポートレイト・スタジオ撮影=岩根愛

青山悟《Everyday Clock 2020》2020年(撮影:青山彩加)
©AOYAMA Satoru, Courtesy of the artist and Mizuma Art Gallery

青山悟は、そうした状況下でも社会との接点を手探りしたアーティストのひとりだ。古い工業用ミシンによる刺繍表現で、絵画のような細密表現から、ミシンが象徴する「労働」について問いかける試みまで、コンセプチュアルな作品で知られる。4月の緊急事態宣言の直前に、日々、自宅から新作を公開・販売するウェブサイト「Everyday Art Market」を立ち上げた。「創造を途絶えさせないことによってのみ、アートは時代を映す鏡たり得る」との思いからだ。

さらにこの「Everyday Art Market」の作品群が、同じくstay homeな日々を送る購入者たちの暮らしに溶け込む映像作品も生まれ、インターネット上で開催中の「DOMANI・明日展 plus online 2020:〈前夜を生きる」に出展されている。ロックダウンを経験した若手・中堅アーティストたちが現状を〈前夜〉ととらえ、明日につなげる試みだ。一連の挑戦について、東京のスタジオで作家に聞いた。

 

大きな発表と収入の場が消失したあとも「つくる日常」を選んだ

青山悟氏(撮影:岩根愛)

青山悟は1973年生まれ、東京を拠点に活躍するアーティストだ。著名作家を抱えるミヅマアートギャラリーと契約し、国際芸術祭「ヨコハマトリエンナーレ2017」に参加するなど評価も高いが、新型コロナの影響は彼にも押し寄せた。

「春に控えていたニューヨークでの展覧会(音楽家・池田謙との二人展)と、出展を予定していた国際フェア『アート・バーゼル香港』が、いずれも中止になりました。創作面でも収入面でも自分にとって今年の二大仕事だったので、正直、途方に暮れてしまって。これはどうすればいいのかなと」

アーティストはギャラリーと契約を結ぶ者も含め、多くは個人事業主や小規模法人として生計を立てている。作品の発表・販売が主たる収入源となる彼らの生活基盤は、コロナ禍で大きく揺さぶられている。ただ、青山はかつての日常が非日常に変貌した後も、つくり続けることを表現者の「日常」として選んだ。

「仕事用のミシンをスタジオから自宅に運び込み、日々感じることをヒントに、ごく身近な素材に刺繍することを始めました。たとえば不織布マスクに『WHO SAID SO?』との問いを刺繍したのは、メディアが毎日報じた世界保健機関(WHO)の記者発表や、巷に飛び交う真偽不明のコロナ情報に想を得たものです。これらをFacebookで投稿し始めた当初は、つくったものを通じてSNSでコミュニケーションできたら、くらいに考えていました」

左上から時計回りに:《Who Said So?》2020年3月11日、《Thermometer Shirts》同3月9日、《Clap Your Hands Clock》同3月25日、《Shake Hands》同3月15日 ©AOYAMA Satoru

シンプルながら、stay homeの時代を鮮やかに反映した作品は話題を呼び、やがて青山は自前の発表・販売の場としてネット上に「Everyday Art Market」(以下、EAM)を立ち上げる。東京に緊急事態宣言が出される直前、4月4日のことだった。シャツの脇に体温計を刺繍した《Thermometer Shirts》、刺繍時計に医療関係者への感謝を記した《Clap Your Hands Clock》などが日々アップされ、作家と同じく自粛生活を送る人々にオンラインで購入されていく。青山は自筆のメッセージを添え、作品を郵送で送り出していった。

「Everyday Art Market」ウェブサイト

「美術展が開けない状況で、オンラインの試みが増えるのは自然な流れだと思います。ただ僕は、どうやったらそこでもフィジカルなアート体験を共有できるのか、かつ自分がどうやってアーティストとして生計を維持していくのか、この2点を考えていました。

特に僕の作品は刺繍なので、ネットではどうしても実体が伝わりにくい。だからオンラインで見せるだけでなく、実物を届けることが重要でした。既存のアート販売サイトへの参加も考えましたが、自分でEAMを立ち上げたのは、作品だけでなくその流通プロセスにも意味があるプロジェクトにしたかったからです」

多くの作品がマスクやシャツ、手袋やAmazonの配達用ダンボールといった、日常品への即興的な刺繍で生まれているのも特徴だ。青山はこれまで美術館やギャラリーを舞台に、刺繍を絵画的な見せ方や、空間全体を用いたインスタレーションとして発表している。さらに19世紀英国で生活と芸術の統一を説いた「アーツ・アンド・クラフツ運動」を参照するなど、美術史と現代社会を巧みにつなげてきた。そこにシャープな魅力があるが、EAMでは深刻なコロナ禍に向き合いつつ、表現にある種の軽やかさがあるのも印象的だ。

「それはあるかもしれません。僕は大学で専攻したのがテキスタイル(織物・布地)で、もともとファインアートではない出発点から、今のような表現に至りました。それによっていわゆる『高尚なアート』への批評性も込められると思ってのことですが、こういう立ち位置だからこそ、常に自作では美術史を意識したコンセプトが必要でした。その意味ではずっと、刺繍を使って『刺繍っぽくないこと』をやり続けてきたとも言えます。でもEAMでは日常がキーワードでもあり、改めて『刺繍的なもの』全てを受け入れるところから始めた感じがあります」

たしかに、ワッペンや刺繍時計などは、その様式自体はトラディショナルなものと言える。これまで友人の結婚祝いなどでつくったことはあっても、作品として発表するのは初めてだという。

スタジオに浮かぶ小品は、一枚の画用紙からつくられたブルーインパルス。スモークに見立てた画用紙には、去る5月、医療従事者への感謝飛行が呼んだ賛否の声が綴られた。(撮影:岩根愛)

「コロナで社会が『非日常』になり、だからEAMでは逆に『日常』をテーマにつくるという点で、迷いはありませんでした。結果として、アーティストとして得たものもすごく大きかった。ひとつは、これまでベースにしてきた四角い枠(フレーム)から飛び出せたことです。刺繍を学び始めたころの初心を思い出しながらワッペンをつくり、さらには立体作品のようなものも生まれるなど、作品がより自由になったと感じています」

 


 

オンライン展「DOMANI・明日展plus online 2020〈前夜〉を生きる」

青山悟氏(撮影:岩根愛)

さらにEAMは、購入者たちとのコミュニケーションによる作品に取りくんだ。それが、開催中のオンライン美術展「DOMANI・明日展 plus online 2020〈前夜を生きる」(10月11日まで)で見られる映像《Everyday Art Market》だ。青山はEAMの購入者たちにメールを送り、彼らの生活の場に加わった作品を撮影・返信してくれるよう依頼。これを編み集めたのが同作だ。なおラストに流れる音楽には、この春中止されたニューヨークでの二人展の相手、池田謙も関わっている。

「この映像作品では、コミュニケーション自体を作品化したい気持ちがありました。EAMを始めてから、たとえ対面しなくても、様々な人とコミュニケーションできた実感があったからです。アート鑑賞=美術展となりがちですが、作品を手に入れ、自宅に飾って日常的に楽しむのはそれこそ豊かな鑑賞体験ですよね。アーティストが世に作品を送り出し、それを受け取って何かを感じる人がいる限り、フィジカルなアート鑑賞は失われないんだと伝えたかった。僕自身、集まった映像や写真を見ると、一人ひとり、『ああ、こんな風に接してくれているんだな』と新鮮でした」

なおこのオンライン展自体、コロナ禍で毎年恒例の「DOMANI・明日展」(会場:国立新美術館)が開催危機に瀕したことで発案された。最終的に予定通り来年初頭の開催が確保されたが、その間に模索されたオンライン展が、作家支援と連帯の意思も込めて今夏に緊急開催された。もともと「DOMANI・明日展」は文化庁の「新進芸術家海外研修制度」の成果発表展。オンライン展は、研修経験者たちと共にこの状況下で新たな作品体験のありようを探る場となった。青山は同制度経験者ではないが、海外での体験を活かしているという共通点(ロンドンとシカゴで学んだ経歴を持つ)から、ゲスト作家として招かれた。

「同展の副題は『〈前夜〉を生きる』。キュレイターの林洋子さんが、関口涼子さんの著書『カタストロフ前夜——パリで3・11を経験すること』(明石書店)に想を得たと聞いています。僕もこの展覧会の準備中、あの震災を思い出していました。あれほどの大災害でも、当時みなが考えたことや記憶は、意外なほど僕ら自身の中で忘れられていく。そして今回の新型コロナも、そうなるかもしれない。

たとえば僕は、皆が家に閉じこもりつつ世界中がつながっていたような感覚、互いが遠い地のロックダウンや医療崩壊を気にかけ、今後の環境について考えた日々が今も心に残っています。他方、このつながりを支えたのは世界的企業のサービスやテクノロジーでもあり、今回のことでグローバル資本主義が一層強化されたとすれば複雑な気持ちもある。この時期に何を感じたかは人それぞれでしょうけれど、春から僕らが過ごしてきた日々を何かの形で残すことは、今後に向けて意味があるのではと思う」

出展作家8名による表現は、「呼吸」「個と社会」「互いの距離」「テクノロジー」などを切り口に、コロナ禍とその後の世界を考える多面的なオンライン展を形づくる。キュレイターの林はそこに生の手ざわりと血を通わせるべく、「手わざ」を起点に、stay homeの状況下でも創作とコミュニケーションをあきらめない青山に注目したとも読み取れる。なお林は藤田嗣治の研究でも知られ、『藤田嗣治 手しごとの家』(集英社新書)では、ミシンもかなりの腕前だったこの渡欧画家の横顔を紹介しているのも、何かの縁だろうか。

山内光枝《潮汐 | Tides》2012-2020年 ©Yamauchi Terue

小金沢健人《433 is 273 for silent prayer》2020年 ©Koganezawa Takehito

「自分以外の出展作家では、同い年の友人でもある小金沢健人さんの作品《433 is 273 for silent prayer》に特に惹かれました。作品の構造としては、横軸に現在、すなわちコロナ禍下で起きたジョージ・フロイド事件と再燃したBlack Lives Matter運動を配し、縦軸には歴史の参照項としてジョン・ケージによる沈黙の楽曲《4分33秒》を置いた映像作品。どんな映像なのかは、ぜひ実際に体験してほしいです」

同展はブラウザ画面を横にスクロールすることで進んでいく。それは実空間での展覧会場を連想させると同時に、私たちが夜明け前の〈前夜〉を、あるいは次に訪れる困難の〈前夜〉をも生きていることを連想させる。

 


 

アートは予見するものではないけれど、見えにくいものを可視化できる

スタジオで制作中の作品、2020年7月初旬(撮影:岩根愛)

現在の青山は、社会の再起動と並走するように発表の場が続いている。そのひとつは冒頭でふれた、中止となった展覧会に向け進めていた大きな刺繍作品の公開だ。これは練馬区立美術館の開館35周年記念展「Re construction 再構築」で発表される(8月2日までは「プレ展示」。同作は8月9日~9月27日の「本展示」に登場)。

刺繍の下地にしたのは、19世紀のロンドン、トラファルガー広場における労働者集会の図。そこに、近年世界各地で行われてきたデモの様子を重ねるというコンセプトです。春先まで制作を続けてきましたが、コロナ禍によりデモも各所で止まり、作品としてひと区切り付けるつもりでいました。しかし先述のジョージ・フロイド事件などをきっかけに、アメリカではコロナ禍にもかかわらず新たなデモが広がっていった。当時は想像もしなかったけれど、そうした出来事も新たに作品に加え、制作を再開しています」

イギリスのBrexit(欧州連合離脱)デモ、香港の民主化デモ、そして日本での反原発デモなどのバナーが、所狭しと刺繍されている。LGBTの尊厳を訴えるレインボーフラッグのバナーも。また、広場を見降ろすネルソン提督の記念碑が倒壊しているのは青山の創作だが、今見ればそれはBLMデモを発端に各所で起きた、かつての「英雄」像が一転撤去される様を連想させる。集まることが生命のリスクをも負う生活下でこれらの出来事に接した今、この作品を前に民主主義について改めて考えさせられる。

「COME SEE WHAT’S REAL.」の言葉が縫い込まれた部分(撮影:岩根愛)

「アートとは、予見するものではない。でも、すでにそこにあり、でも見えにくい物事を可視化することができるとは思う。この作品を今見ると自分で面白いと思うのは、ひとつだけ自前のメッセージとして書き入れた『COME SEE WHAT’S REAL.』というバナーがあるんです(上写真)。これはフェイクニュースやデマが溢れる時代に真実をどう見わけるかという意味と、印刷やモニターでは伝わりにくい自分の作品について『実物を見に来てよ』との意味もあった。それが、コロナでここまで色々なことがオンライン化すると、また別の意味合いも加わりそうです。その意味で、自分の作品が人々にとって、これからのことを考えるきっかけになれば、という思いはずっとあります」

(撮影:岩根愛)

一方のEAMは当初から「激動の世界が落ち着きを取り戻すまでの期間限定」として立ち上げたものだった。青山はこれをどのように終わらせるか、最近考えている。6月からは再開した水戸芸術館 現代美術ギャラリーと協働し、同館案内スタッフが使うマスクなどに自分たちで刺繍する試み「Everyday Art Market by Satoru Aoyama + ATMフェイス」も始動(7月31日まで)。同月、EAMにアップされた新たな刺繍時計のページには、こんなテキストが添えられた。

“ここ数週間、終わり方を考えながら、綺麗に線を引いて終わらすのは、このプロジェクトには相応しくないように思えてきました。それは緊急事態宣言の解除後も増えたりする新規感染者や、ウィルスとは別のフェーズの混沌に雪崩れ込んでいっている、他国の情勢に気持ちを持ってかれているからだと思います。時計にはTomorrow Never Knowsと入っています。”

表現者にとって、つくり続けるとは、考え続けることに他ならない。EAMに限らず、創作の営みには区切りも必要だろうが、それが単に「過ぎたこと」として忘却の始まりになるのを、青山は簡単に良しとしたくないのだろう。まだ続く「前夜」のなか、自宅からスタジオに戻った武骨な古ミシンは、今日も動き続けている。

 

 

プロフィール

青山悟

アーティスト。1973年東京都生まれ、東京在住。ロンドン大学ゴールドスミスカレッジ(イギリス)テキスタイルアート科卒業。シカゴ美術館付属美術大学大学院(アメリカ)ファイバー&マテリアルスタディーズ科修了。大量生産のためのテクノロジーである工業用ミシンで丹念に縫い上げられた刺繍作品を通して、美しくも批評精神にあふれる作品を生み出す。そこには現代人の生活とテクノロジーとの関係性や、そこにおいて失われつつある人間の感受性や創造性についての問題提起がある。現在、「DOMANI・明日展 plus online 2020:〈前夜を生きる」(ネット上で10月11日まで開催中)、「ドレス・コード? ─ 着る人たちのゲーム」展(東京オペラシティ アートギャラリー、8月30日まで)、「Re construction 再構築」展(練馬区立美術館。8月2日までプレ展示、8月9日~9月27日は本展示)に出展中。

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