カルチャーから見る、韓国社会の素顔 第7回

映画『ミナリ』、これまでとは少し違った「韓国系移民の物語」

伊東順子

『ミナリ』は『パラサイト』とは真逆の映画かもしれない

 そう考えると移民の物語である『ミナリ』は、昨年のアカデミー賞受賞作『パラサイト』とは真逆かもしれない。『パラサイト』は韓国が舞台の完全な韓国映画だが、観客の対象は世界設定、「貧富の差」とか「地下室」などの素材も多くはグローバル・スタンダードだった。もちろん「半地下」は韓国的貧困の象徴なのだが、一方で金持ちの家の地下室はむしろ欧米人に馴染み深い。そもそもタイトルの『パラサイト』(原題『寄生虫』)に韓国的要素はなく、そこが『ミナリ』とは違う。

 ミナリは韓国語で、セリという意味だ。日本人なら「ああ、セリですか」とわかる人もいるが、他国では馴染みのない人も多いだろう。それに日本のセリと韓国のミナリでは、食材としてのイメージがずいぶん違う。韓国南部の広大なミナリ畑、市場でのミナリの山、あるいは海鮮鍋に投入される大量のミナリ。日本では「セリ、ナズナ……」と春の七草のか細いイメージだが。韓国のミナリはもっと力強い。

 「具合の悪い時はミナリを食べるんです。特に我々慶尚道の人間はね、ミナリを食べれば大抵の病気は治ってしまうんです」

 という話を聞いたのは、慶尚南道彦陽に行った時のことだった。「彦陽プルコギ」の取材だったのだが、地元民が熱く語ったのは李朝時代からの特産物で知られるミナリの話だった。

 「ミナリ」と聞いただけで様々なイメージが膨らむ韓国系の人々と、「何それ?」という外国人とでは、映画に対する思い入れは違うかもしれない。

 ところが、実際に映画を見終わって感じたのは、「それはあまり重要ではない」ということだ。むしろ「ミナリ」が謎めいたキーワードであることが、この映画の本質に近づけるような気がする。そんなことよりも聖書の知識の方が映画の解析には役立つという人もいるが、それはそれで作品の文化的側面を矮小化する危険がある。もちろん、これは「約束の地」を求めてアメリカに渡った人々の普遍的な物語である。と同時に、やはり韓国人家族の物語なのである。

 

1980年代、農業で成功することを夢みる韓国系移民のジェイコブは、

アメリカはアーカンソー州の高原に、家族と共に引っ越してきた。

荒れた土地とボロボロのトレーラーハウスを見た妻のモニカは、

いつまでも心は少年の夫の冒険に危険な匂いを感じるが、

しっかり者の長女アンと好奇心旺盛な弟のデビッドは、新しい土地に希望を見つけていく。

まもなく毒舌で破天荒な祖母も加わり、デビッドと一風変わった絆を結ぶ。

だが、水が干上がり、作物は売れず、追い詰められた一家に、

思いもしない事態が立ち上がる──。 

(映画『ミナリ』公式ホームページより) https://gaga.ne.jp/minari/ 

 

キーワードは「ヒヨコとミナリ」、大移民ブームだった1980年代

 「この映画のキーワードはヒヨコとミナリだと思うんですね」

 グラミー賞受賞の頃から、韓国メディアは連日のこの話題をとりあげていたが、何かの番組で小耳にはさんだ話に「なるほど」と思った。ヒヨコは韓国系移民と深いつながりがある。

 日本では移民というと過去の物語のようだが、韓国では現在進行形であり、とても身近な話題だ。なにしろ「海外に親戚がいない韓国人はいない」と言われるほどで、韓国政府は「海外同胞約700万」という言い方をする。韓国の人口は約5000万人(北朝鮮と合わせても7500万人)のところに700万人といえば、10人に1人の割合? 一時期、「母国人口との比率ではユダヤ人に次ぐ」というフレーズもよく聞いた。

 「在外同胞」の中で戦後最大の移民先は米国であり、既に米国国籍を取得した「韓国系米国人」と永住権者など「在米韓国人」をあわせて、総数は200万人を超えるという。

 アメリカの移民史において「ヨーロッパ系」「アフリカ系」に比べて「アジア系」は新しいグループだが、その中でも韓国人は中国人や日本人よりもさらに新しかった。出発点こそ日系人と同じ20世紀初頭のハワイ移民であるが、本格化したのは第2次世界大戦後である。朝鮮戦争直後の「戦争花嫁」や「戦争孤児」などを経て、1968年の米国新移民法発効を機に「大移民ブーム」が起きた。

 ピーク時には毎年3~4万が米国の永住権を取得していた。毎日毎日100人以上の韓国人が移民のための金浦空港から飛び立っていたわけで、その移民熱がどれほどすごかったか。その結果、1970 年当時はわずか8万人足らずだった韓国系移民が1990年代には100万人超えていた。

 映画『ミナリ』の中にも「毎年3万人の韓国人が米国にやってくる」という台詞が登場しており、主人公である父親が農業での成功に期待する理由もそこにあった。増え続ける韓国系移民、彼らが必要とする食材を自分が生産しようというわけだ。

 ところでこの父親の元の職業は「ヒヨコの性別鑑定士」である。大量のヒヨコをオスとメスとに区別していくのが仕事であり、職場には同じく韓国人の同僚も登場する。これには米国の移民条件が関係している。当時も今も米国が求めているのは「高度の専門職や技術者」であり、1970年代には医師や薬剤師なども多く移民した。その中で特別なスペックをもたない一般人にも取得しやすい資格、それが「ヒヨコの性別鑑定士」だったのだ。

 映画の冒頭に登場する、選別されたオスのヒヨコが焼却炉に送られるシーンは衝撃的だ。

そこで父親は息子にむかって、次のようなことを語る。

 「オスは卵も産まないし、肉も美味しくなくて、役に立たないから」

 息子にとってはまさに恐怖の発言だが、この恐怖とプレッシャーを何よりも感じているのは父親自身だろう。「だから男は成功しなければいけないのだ」と言う、この父親の意識こそが「韓国的家父長制」のある意味での象徴ともいえる(もっともそんな意識に支配されていたのは韓国やアジアの男だけではないと思うが)。その対局にあるのが「水辺に植えられるおばあちゃんのミナリ」である。火と水、この相反する二つの象徴が映画の中では強力なメタファーとなっている。 

 焼却炉の火を見つめる父親と水辺のおばあちゃん。両者の傍らにいた息子デビッドが、この映画の監督であるリー・アイザック・チョンの幼い頃の姿である。『ミナリ』は自らも韓国系移民2世であるチョン監督の個人的体験がベースになっている。

 「家族構成は我が家と同じですし、両親はまだ映画の舞台となったアーカンソー州に住んでいます」「一家がトレーラーハウスで暮らし始めるシーンも実体験に基づいています。父はとても興奮していており、でも母はとても心配していた。私自身は車輪付きの家に大喜びしていました」 

 記者会見等でも監督はまず、自身の実体験から語っていた。さらに韓国誌とのインタビューではミナリと祖母についても言及している。

 「私の家族がアーカンソー州で暮らし始めたとき、祖母が実際にミナリを植えたんですよ。湖の下の小さな小川で美しい場所を探して。私はそこで祖母と一緒に多くの時間を過ごしたのです。ミナリには薬効があり、水を浄化する植物です。どこでもよく育った。だから私は祖母のことを考えるとき、常に頭に浮かぶのがミナリでした。ミナリは祖母や家族への感情の象徴なんです」

https://hypebeast.kr/2021/3/movie-minari-director-lee-isaac-chung-interview(韓国語)

 

 ノミネートは「助演賞」だが、おばあちゃんがこの映画のもうひとりの主役であることは間違いない。アメリカのおばあちゃんのようにクッキーは焼かないけど、いつも全力で孫の味方をしてくれるアジアのおばあちゃん。その「魔法」が物語を寓話的に展開していく。

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カルチャーから見る、韓国社会の素顔

「愛の不時着」「梨泰院クラス」「パラサイト」「82年生まれ、キム・ジヨン」など、多くの韓国カルチャーが人気を博している。ドラマ、映画、文学など、様々なカルチャーから見た、韓国のリアルな今を考察する。

プロフィール

伊東順子

ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。

 

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