スポーツウォッシング 第2回

オリンピック、ボクシングで展開された有名なスポーツウォッシング

西村章

女子サッカー選手たちがオリンピックで人種差別に抗議

 この世紀の一戦に関する様々な記録から見えてくるのは、スポーツイベントを観る人々の印象を恣意的にある方向へ上書きしようとするスポーツウォッシングの思惑に対し、カウンターとして作用する力を最も強く備えているのは、誰あらぬそこで戦うアスリートたち自身なのだろう、ということだ。

 近年の例を挙げると、たとえば四輪モータースポーツの頂点F1では、中東開催の大会が増加している。2021年は、バーレーン、カタール、サウジアラビア、アブダビの4大会を実施。2022年はバーレーン、サウジアラビアをすでに終了し、シーズン最終戦にアブダビGPを予定している。さらに付け加えれば、2020年にはサウジアラビアの国営燃油企業アラムコがシリーズ全体を支えるスポンサーとして長期契約を締結している。この傾向に対して、人権団体などからは、人権抑圧的な傾向が強い中東諸国によるスポーツウォッシングだという批判があがっている。

 一方で、これらの大会では7回の世界タイトル獲得歴を持つルイス・ハミルトンが性的少数者の人権支援を象徴するレインボーカラーのヘルメットを被って参戦し、積極的な発言を行うことで、むしろ啓発活動の発信機会として活用している感もある。また、4回のチャンピオンを獲得したセバスチャン・ベッテルも、レインボーカラーの衣類等を積極的に身にまとい、環境や政治問題等に対しても忌憚のない発言を行っている。

 このハミルトンやベッテルのケースは、スポーツウォッシングに対抗する力を選手たち自身が意識して活動すれば、彼らの発言や行動は大きな効果と影響力を発揮する、という好例だろう。また、彼らの行動や発言を様々なメディアが伝えることによって、選手たちの意思と意図を世界中の観戦者に媒介(medium)する、というメディア本来の機能を十分に果たしていることの重要性もまた、見逃せない。

 昨年の東京オリンピックでも、これに似た光景があった。

 初日の種目として7月21日に行われた女子サッカーのイギリス対チリ、アメリカ対スウェーデンの試合で、これら四カ国の選手たちは試合前に片膝をピッチについて人種差別に対する抗議の意志を表示した。また、ニュージーランド対オーストラリアの試合前には、ニュージーランドの選手たちが片膝をつき、オーストラリアの選手たちは先住民アボリジニの旗を掲げて記念撮影を行った。

 7月24日に日本対イギリスの試合が行われた際にも、日本とイギリスの選手たちがともに、試合前にピッチに膝をついた。この膝をつくアクションは、2016年にNFLでコリン・キャパニックが黒人差別へ反対する意思表示として、国歌斉唱の際に起立を拒否し膝をついた行為に端を発するのは広く知られるところだ。2020年以降、世界的に大きな広がりを見せたBLM運動がついにオリンピックの舞台にも大きな影響を与えた恰好で、女子サッカー選手たちのアクションは日本の各メディアでも広く紹介されて大きな注目を集めた。

試合前、ピッチに片膝をつく日本とイギリスの女子サッカー選手たち。人種差別反対の意思表示は「政治的行為」ではない、とIOCもようやく認めた恰好だ(写真提供/ユニフォトプレス)

 とはいえ、このオリンピック女子サッカーでの出来事は、とくに日本人選手や日本のスポーツ報道姿勢に関する限り、まだまだ例外的な事例といったほうがいいかもしれない。一般的には、日本のアスリートたちがスポーツ以外の「世界の様相」に対して発言し、コミットしていくことをあまり歓迎しない風潮はいまも根強い。マスメディアのスポーツ面やスポーツコーナーでは、試合やレースの「感動」と「昂奮」にばかり特化しているような姿勢は昨日も今日も、そしてたぶん明日も続いている。

 しかし、健全な批判精神や叛骨心を欠き、あまりにも無垢でナイーブなスポーツの偶像化は、むしろスポーツを使って人々の心や気持ちを「洗濯」しようとする行為に対して、あまりに無力だ。それどころか、むしろそのウォッシング行為を利することにすらなってしまうだろう。

 では、このスポーツウォッシングという行為は、いったいどのような機序で人々に作用をしていくのか。次回はそのメカニズムについて考察と検討をしていきたい。

 

 

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プロフィール

西村章

西村章(にしむら あきら)

1964年、兵庫県生まれ。大阪大学卒業後、雑誌編集者を経て、1990年代から二輪ロードレースの取材を始め、2002年、MotoGPへ。主な著書に第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞、第22回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞作『最後の王者MotoGPライダー・青山博一の軌跡』(小学館)、『再起せよ スズキMotoGPの一七五二日』(三栄)などがある。

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