連載:座間9人殺害事件裁判 第2回

座間9人殺害事件裁判「スマホの中の本音」

共同通信社会部取材班
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日本犯罪史上まれに見る猟奇的な大量殺人「座間事件」。白石隆浩被告が死刑判決を受けるまで、計24回の公判をすべて記録した記者たちによる詳細なレポート。

「捜査では、被害者や容疑者のスマートフォンを見つけることが以前より重要になっている。極端に言えば、スマホを見ればその人のすべてが分かる」。スマホが普及し始めた7、8年ほど前、親しくしていた捜査幹部はこんなことを言っていた。当時も「そうなんだ」と納得したのを覚えているが、この言葉の本当の意味を、今回の初公判で知ることになるとは思わなかった…。

 

 9月30日の初公判の冒頭で白石隆浩被告は、9人に対する殺人や死体遺棄など、すべての罪を認めた。通常の刑事裁判であれば、被告が罪を認めるとその日のうちに結審し、次回は判決となってあっさり終わる場合が多い。しかし、白石被告の弁護人たちは違った。

「被告人にはなんらかの精神障害があり、刑事責任能力はなかった。少なくとも、限定的な責任能力だった。殺人についても全被害者の承諾を得ていた」

 裁判長から意見を求められた弁護人はこう答えた。つまり、責任能力と承諾殺人を理由に、被告の罪はより軽くするべきだ(あるいは無罪)と言い出したのだ。

 責任能力と承諾殺人。堅苦しい言葉だが、できるだけ簡単に説明したい。まず責任能力は「夢の中の殺人」というたとえを使うと分かりやすいかもしれない。

 夢遊病者が夢を見ていて、夢の中で人に襲われ、身を守るためにその相手を殴った。ところが目が覚めたら、目の前で人が殴られて死んでいた。自分の拳には血が付いていて、どうやら自分が犯人らしい。

 この場合、被害者を殺してはいるものの、その人は夢に「支配」された状態で、被害者に対する殺意は全くなかった。こういうケースでは法律上、犯人は「心神喪失」状態であり、刑事責任を問える能力がなかった、と結論づけられ、無罪になる。

 次に承諾殺人とは、被害者が自分に殺されることを文字通り承諾している状態で殺すこと。ここでいう承諾は、「殺して欲しい」などのきちんとした言葉で明示されていなくてもかまわない。殺される側が、言葉はなくとも殺害されることを承諾していたと言えれば成立する。殺人には違いないが、相手の承諾を得ている分だけ、通常の殺人罪より刑罰は軽くなる。

 

 検察側の主張を全面的に認めた被告と、争う姿勢を示した弁護人。一体であるはずの両者の意見が食い違った。弁護人のこの方針は、実は被告の考えとは無関係に決めたものだ。被告にとっては面白いはずがない。自分の味方であり、自分の利益を代弁するはずの弁護人が、自分の意思と異なることを勝手に言っているからだ。

 ただ、弁護人にも言い分はある。日本では1人で3人以上殺していれば、特別な事情がない限り、まず間違いなく死刑になる。今回は9人。罪を認めれば死刑は確実だ。被告人が何と言おうと、究極の刑罰である死刑を避けることが最終的に被告人の利益になると弁護人が考えれば、争えるだけ争ってみる価値はあると考えたのかもしれない。

 ただ、被告と弁護人の主張の食い違いは、後の審理に奇妙な影響を及ぼすことになる。

 

▽明らかになった半生

 

 初公判の9月30日、午後2時前。本格的な審理がスタートし、まず検察側が冒頭陳述を始めた。ここでは、検察側が事件全体のストーリーを語る。白石被告の生い立ちから始まり、事件に至る経緯、事件後まで、警察と検察が集めた証拠を元に構成したストーリーだ。あくまで検察側が作り上げた主張であるため、事実かどうかはその後の証拠を見ないと分からない。それでも、少なくとも生い立ちや経緯などの点では弁護側も争っていないため、今回の場合は事実と思っていいだろう。

 裁判員向けに分かりやすく説明された検察側の冒頭陳述によると、事件に至る経緯と被告の経歴はこんな感じになる。

「1990年10月、神奈川県生まれ。地元の高校を卒業後、スーパーやパチンコ店など複数の職業を転々とした。結婚歴はない。その後、インターネットを利用して女性を風俗業に紹介する、いわゆるスカウトを始めた。ところが、職業安定法違反で起訴され、翌日、保釈されて実家に戻り、倉庫会社でアルバイトを始めた。実家では父親と同居したが、折り合いが悪かったため、父親と離れ、楽に暮らしたい、『ヒモ』になりたいと考えた。

2017年11月、東京地検立川支部に入る白石隆浩被告。写真提供 共同通信社/ユニフォトプレス

 スカウトをしていた経験から、自殺願望がある人なら言いなりになりやすいと考え、ツイッターのアカウントを開設。『死にたい』などと表明していた女性を主なターゲットとし、自分も『自殺願望がある』と嘘をついて『一緒に自殺しよう』と誘い、多くの女性とメッセージをやりとりした。

 職業安定法違反の裁判で執行猶予付きの有罪判決を受けた。倉庫会社のアルバイトも辞め、その後はずっと無職だった」

 

 検察側はここまで説明した後、最初の被害者となった女性Aさんとのかかわりについて概要を話し、その後、次の被害女性Bさん、唯一の男性被害者Cさんの順に話をしていった。

 次に、弁護側の冒頭陳述に移った。弁護側が事件のストーリーを説明する番だ。先に述べたように、弁護側は、被害者9人とも白石被告に殺害されることを「承諾していた」との立場だ。従ってそのストーリーも、検察とは一風変わったものになる。弁護側は、日本の自殺問題から説き起こした。

「毎日自殺は起きている。自殺は社会問題であり、死を選んだ理由は、お一人お一人事情がある。衝動的に命を絶った方もいる。なぜ死を選んだか分からない方もいる。誰もが自らの死を望んでいた。それがすべての出発点だった。Aさんを始めとする9人には死を望む気持ちがあった。9人は行動を起こした。SNSを使い、自らの意思で彼(白石被告)のところに行った」

 弁護側の冒頭陳述は、その後「希死念慮」(死を願う気持ち)を9人ともSNSで表明していたこと、被告の手で実現されることを想定していたことへと続き、全員について殺害の承諾があったと結んだ。

 弁護側はもう一つの争点である責任能力についても言及した。ごく簡単に要約すれば「なんらかの精神障害にかかっていたから、今回の事件を起こした」という主張だ。ただ、この主張では弱いのではないかと記者は思った。重大事件の犯人はみんな精神障害と言っているのと変わりないように思えるからだ。

 裁判前に被告が受けた精神鑑定では、専門家が「精神障害ではない」と結論を下していた。冒頭陳述を聞いた限り、責任能力については明らかに弁護側の分が悪い。記者は、この裁判の争点が、ほぼ「承諾があったかなかったか」の一点に絞られたという印象を持った。

 こうして検察側、弁護側双方のストーリー紹介は終わった。本番はここからだ。検察側が手持証拠を一斉に紹介し始める。果たして何が飛び出してくるのか

 

▽発覚

 

 事件が発覚した経緯の詳細が、まず判明した。検察側が明かした最初の証拠は、最初に被告の部屋へ入った警視庁高尾署員らの捜査報告書で、そこにその一部始終が書かれていた。要約すると次のようになる

「10月30日に受理した行方不明者Iさんの捜索をしていたところ、行動を共にしていたとみられる男の住居を特定。同日、インターホンを押すと白石被告が出てきた。心当たりを尋ねると『あります。2、3日前のことですよね。会ったその日に別れました。別れた場所はここです』と答えた。リビングの各所にクーラーボックスや衣類が散乱。女性もののバッグもあった。さらに追及すると当初はうつむき、黙っていた。『正直に言いなさい』と告げると『すみません、私が殺しました。逮捕してください』と話した」

 捜査報告はさらに続く。

「白石被告は『あの子はここです』と玄関のクーラーボックスを指さした。警察官は『あの子は』という言い方に違和感を覚え、他にも人を殺したのかと尋ねると『9人です』と告げた。警察官がクーラーボックスの中を見ることにも同意。玄関のボックスを指さし『この中に首が二つあります』。警察官がボックスを開けると、内部に砂のようなものが箱いっぱいに入っていた。5センチ掘り進めると、人間の頭部がでてきた」

公判が開かれた東京地裁立川支部

 続いての証拠は犯行現場となった室内の状況を実況見分した報告書。法廷の画面にワンルームマンションの見取り図が映し出された。なんの変哲もないワンルームで、部屋の北東部に広さ2・5畳のロフトがあり、そこに掛かっているはしごの2段目にロープが掛かっていた。室内にはのこぎりやガムテープなど、さまざまな道具があったことが一つ一つ詳細に紹介されたが、事件をまねしたい人間のヒントに使われたくないので、ここでは省略したい。ただ、女性用の衣類やバッグなどが大量にあったことも明かされた。おそらくは被害者の持ち物だろう。

 証拠の中で目を引いたのは、白石被告が持っていたツイッターのアカウントだ。合計5つあった。検察官が読み上げたアカウント名は「@-(ふりだし)」「@死にたい」「@首吊り士」「@終わりにしたい」「@Sleep」。

 最初の3つは今回の被害者の多くがフォローしていた。2番目の「死にたい」には白石被告が書き込んだとみられるツイートがあり、「忘れたい。死にたい。お願いします」「先に逝ったのかな。もう死にたい。自殺募集」などと、自分も自殺希望者のようなつぶやきが多かった。一方、3番目の「首吊り士」のツイートは「自分が気持ちよく血流を止められる場所を探しましょう」「もしどうにもならなかったら言ってください。力になります」などで、自殺を手伝う側のような書き込みが目立った。それぞれのアカウントを使い分けて被害者が網に掛かるのを待っていたようで、少し気分が悪くなった。

 さらに、白石被告がスマートフォンでアクセスした履歴も時系列で明らかにされた。大まかに言うと、2017年の5~6月にYouTubeで「包丁 殺し方」「殺人」「不意打ち」「斧 使い方」などと検索し、6月11日にはスマホのプレイストアの画面で「死にたい SNS」「シュミレーション 殺人」と検索。8月16~19日にはグーグルクロームで「殺人同意罪 wiki」と検索し、20~24日には「困ったときの死体解体法」、30~31日には「何人殺せば死刑になりますか」と検索していた。

 これはまるで白石被告の「心の声」だ。この通りだとすると、被告は5月頃には、(今回の連続殺人のことかどうかは別にして)殺人を思い立って殺し方を調べ始め、6月半ばにはSNS上で死にたいと投稿している人に狙いをつけることを考え、8月半ばには殺した後のことを心配するようになり、下旬になると遺体の具体的な解体方法を学び始めたことになる。実際、最初の殺人は8月24日未明だった。「スマホを見ればすべてが分かる」という言葉を思い出した。実際、その通りだ。

 検察側の証拠説明はこの後も続いた。午後4時40分頃、長い初公判がやっと終わった。次々に明かされた詳細と凄惨さに圧倒され、わずか半日で疲れてしまった。こんな公判があと23回もあるのかと考え、気が遠くなった。

(了)

執筆/共同通信社会部取材班 

 

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第3回 

プロフィール

共同通信社会部取材班

※この連載は、2020年9~12月の座間事件公判を取材した共同通信社会部の記者らによる記録です。新聞を始め、テレビ、ラジオなどに記事を配信している共同通信は、事件に関連する地域の各地方紙の要請に応えるべく、他のメディアと比較しても多くの記者の手で詳細に報道してきました。記者は多い時で7人、通常は3人が交代で記録し、その都度記事化してニュース配信をしました。配信記事には裁判で判明した重要なエッセンスを盛り込みましたが、紙面には限りがあります。記者がとり続けた膨大で詳細な記録をここに残すことで、この事件についてより考えていただければと思い、今回の連載を思い立ちました。担当するのは社会部記者の武知司、鈴木拓野、平林未彩、デスクの斉藤友彦です。

 
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