その医療情報は本当か 第10回

新聞に載った医療情報…20年後は有効か?

田近亜蘭

第1回でも伝えましたが、総務省による令和3(2021)年版「コロナ禍における情報流通・メディアに対する信頼」の調査報告によると、「『信頼できる』については、新聞(61.2%)、テレビ(53.8%)、ラジオ(50.9%)の順に多く、マスメディアに対する信頼性が高い。」となっています。新聞の情報は、ほかのメディアに比べて信頼されているということです。

その第1回では、「日本の新聞の医療情報は偏っている」ということを、根拠を提示して説明しました。今回は、2023年6月にイギリスの医学ジャーナル『BMJ Health & Care Informatics』に掲載されたわたしの研究論文をもとに、「アメリカとイギリスの新聞に掲載された医療情報のその後」について紹介します。

■新聞の医療記事は研究結果を誤って報道することも

その研究論文のタイトルは、日本語に訳すと「主要新聞に掲載された有望な臨床研究のその後の20年間の追跡研究」で、原題は「Twenty-year follow-up of promising clinical studies reported in highly circulated newspapers: a meta-epidemiological study」(※1)です。

新聞の医療・健康情報を読んだときに、「それ、本当!?」と思うことはありませんか。

実は、新聞は医療情報の臨床研究について記事にする際、「過剰な期待にもとづき、結果を誤って伝えてしまうことがある」というケースが、これまでに複数の研究で指摘されています。

たとえば、世界的トップジャーナル(学術雑誌)のビッグ4(後述)のひとつ『ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』に2009年、新しい抗がん剤が一部の人には有効であるという治験の結果が掲載されました。そのとき、新聞はその治療結果を誇張して、「極めて有効な薬ができた」と報道しました(※2)。

また、注意欠如・多動症(ADHD)に関して、新聞に取り上げられて反響の大きかった10本の研究結果を検証したところ、同等の結果が再現されたのは2本だけだった、という報告もあります(※3)。

そこでわれわれの研究チームは、「20年前に新聞に掲載された医療情報は、その後、はたしてどうなったのか。治療法の有効性はどう変化したのか」を追跡する研究を行いました。

まず、アメリカとイギリスの主要新聞8誌で2000年に報道された、「主要40の医学ジャーナルの研究結果」を1298本集めました(図1参照)。

図1 「40の医学ジャーナルに掲載された研究結果」が、米英の新聞で報道された記事の数(田近による改変)

次にこれらの記事の内容をすべてチェックし、何らかの病気の有効な治療法について述べているものを100本選びました。

そして、その記事の根拠となった医学研究論文を探し、同じ研究テーマで「もっとエビデンスレベル(第4回参照)の高い論文がないか」、また、「その後の20年で、その治療法の有効性が検証されたかどうか」についてチェックしました。

すると、有効性が確認された論文の割合は68.6%で、31.4%は結果が否定(その治療法は有効でなかった)されていたことがわかりました。

■「情報源が明記されている研究結果」の場合は?

結果的に、「20年後も治療法の有効性が確認された論文が70%弱」というのは、決して良い数字とは言えませんが、想定ほど悪い数字でもありませんでした。

というのは、主要ジャーナルに掲載された研究結果も、その後長期にわたって追跡すると、かなりの割合で結果が否定されることがわかっているからです(※4、※5)。

今回は新聞記事を調べているので、否定される割合がもっと高いかと思っていたら、意外にそうでもなかったという印象です。

そして、これはなぜかと考察しました。医療・健康関連の新聞記事を調べてみると、そもそも、「その根拠となる研究機関などが特定できない」ものがたくさんあります。根拠が特定できなければ、その情報を追跡することもできません。

そのため、「情報の根拠(出どころ)を明記していると考えられる世界の主要40ジャーナルの研究」に限定して、新聞記事を検索しました。すなわち、「ジャーナル名がわかっていて、情報の出どころが特定できる記事」を対象にしたことになります。

これは、「研究に関する情報の出どころが明記されている記事であれば、その70%は研究結果がくつがえることがない」ことを意味します。

一方で、結果が否定された30%の論文についてはどう考えるとよいのでしょうか。

情報源が明確な記事でもその30%はこの状況なので、情報源が明確ではない新聞記事についてはなおさら、それ以上に結果がくつがえることが想定されます。

ましてや、ネット上における情報源が記載されていない記事については言うまでもないでしょう。

今回紹介した研究は、アメリカとイギリスの新聞に掲載された医学情報についてです。しかしながら、こうした現状と、第1回で紹介したことがらなどから、日本の新聞に掲載されている医療・健康情報も、「必ず、情報の出どころ(研究機関などの情報源)を確認する。出どころが明記されていない、あるいはよくわからない場合はその情報は信頼しない」「掲載されている情報のすべてが真実で、また、その後何年も有効であるとはいえない」と認識しておく必要があります。

■医学論文がジャーナルに発表されるまで

次に、よく質問される「医学論文がジャーナルに掲載されるまでの道のり」について、ここで答えておきます。

研究結果を社会に報告する方法には、大きく2つ、「学会発表」と「論文をジャーナルに掲載」があります。

学会で発表した場合、その結果は学会が発行する印刷物の「抄録(しょうろく)集」に記録として残りますが、あくまで要旨のみで、細かな内容までは記すことができません。

また、その発表はたまたま学会に参加していた聴衆にしか伝えることができず、多くの場合はその発表で終わりです。

このように学会発表は「水もの」と言われることもあり、研究者の業績として記すことはできますが、それ以上のものではありません。そのため、論文として発表することが最重要となります。

その際、日本語で論文を書くことはありますが、それでは世界の人には読んでもらえないので、英語で執筆した論文を国際的なジャーナルに投稿、発表する必要があります。

投稿する対象となるジャーナルは、さまざまな分野を合わせて5000以上あります。その中から、自分の研究にあったジャーナルを選んで投稿するわけです。

このとき、雑誌の価値を示す指標である「インパクトファクター(IF)」が重要になります。「インパクトファクター」とは第1回でも少し触れましたが、その雑誌に掲載された論文の「被引用回数」から計算され、雑誌の価値を示す指標です。

「自分の論文はインパクトファクターでどれくらいを目指そうか……」と考え、最初は「インパクトファクター」が少し高めのジャーナルに投稿します。

投稿すると、そのジャーナルのエディター(Editor)がその論文をチェックして、「査読(さどく)」(peer review)する価値がある論文かを判断します。査読ということばは耳にすることも増えたと思いますが、「論文を同じ研究分野の研究者(Peer)が読んで、評価や検証をすること」です。

当然、「インパクトファクター」が高い著名なジャーナルほど、掲載してもらうにあたってのハードルは高くなります。すぐさま却下される場合も多く、その場合はもう少し「インパクトファクター」の低いジャーナルを目指すことになります。

エディターが「まあいいかな」と判断した場合、次に査読を受けることになります。世界で同じ分野の類似の研究をしている複数の専門家にその論文を送って、評価してもらうわけです。

参考まで、この評価には報酬は発生しません。査読をする研究者は、ボランティアです。評価はお互いさまということで、「Peer(ピア)」と呼ばれるわけです。

わたしのところにもときどき、突然に、どこかのジャーナルから「査読をしてもらえませんか?」という依頼メールが届きます。そのようにして2〜3名の査読者(reviewer)が決まったら、査読者の各自が論文をチェックし、「却下」(reject)か「大幅な修正」(major revision)か「少しの修正」(minor revision)か「受理」(accept)かを選びます。

査読者同士では議論はしません。そして、却下ではない場合は、複数の査読者の判定結果をジャーナルのエディターが総合的に判断し、修正点を指摘して論文の著者に送り返します。著者は、査読者から指摘を受けた点について修正を施し、再投稿をします。

さらにまた、この過程をくり返します。そしてエディターが「受理」と判断した場合に、一連の編集作業が終了となります。

ここまでで数カ月〜1年を要し、その後、ジャーナルに掲載されて出版にいたるまではさらに数カ月は必要です。

■世界トップレベルの「医学ジャーナル」ビッグ4

医学論文は上記の過程を経て、専門のジャーナルに掲載されることで世間に広く知られるようになります。

新聞などでは、「この論文は世界的に権威がある医学ジャーナルに掲載され……」と、海外の有名ジャーナルの名称が明記されていることがあるでしょう。ここで、これもまたよく質問される「海外の著名ジャーナル」とはどういうものかについて触れておきます。

臨床医学における世界のトップレベル、「ビッグ4」と呼ばれるジャーナルは次の4誌です。2022年時点の「インパクトファクター(IF)」が高い順に記します。

The Lancet(ランセット)』(エルゼビア社発行) IF 168.9

New England Journal of Medicine(ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン )』(アメリカ・マサチューセッツ内科外科学会発行) IF 158.5

JAMA (ジャーナル・オブ・アメリカン・メディシン・アソシエーション) 』(アメリカ・医師会発行) IF 120.7

BMJ(ビー・エム・ジェイ)』(以前の名称・British Medical Journalから変更。イギリス・医師会発行)  IF 107.7

先述のとおり、ジャーナルに医学論文が掲載されるにはレビュアーと呼ぶ査読者の厳正な審査を経るのですが、これらの一流のジャーナルに採択される確率は10%にも満たないと言われます。

それだけに、採択、掲載された論文は、その時点で信頼度が高いと考えられるわけです。メディアでたとえば、「〇〇〇〇の研究結果に関する論文は、イギリスの『ランセット』というジャーナルに先日掲載されました」というふうに紹介されている場合、その情報は注目に値するでしょう。

もしビッグ4のジャーナルに自分の名前が記載されたら、それはかなり名誉なことです。これらのジャーナルへの記載を目指せるような、良質な研究をしていきたいものです。

次回は、海外の医学論文にアクセスする方法などについて紹介します。

参考
※1 Tajika A, et al. Twenty-year follow-up of promising clinical studies reported in highly circulated newspapers: a meta-epidemiological study. BMJ Health Care Inform. 2023 Jun;30(1):e100768.

※2  Woloshin S, et al. Promoting healthy skepticism in the news: helping journalists get it right. J Natl Cancer Inst 2009;101:1596–9. ※3  Gonon F, et al. Why most biomedical findings echoed by newspapers turn out to be false: the case of attention deficit hyperactivity disorder. PLoS One 2012;7:e44275.

※4  Tajika A, et al. Replication and contradiction of highly cited research papers in psychiatry: 10-year follow-up. Br J Psychiatry 2015;207:357–62.

※5  Ioannidis JPA. Contradicted and initially stronger effects in highly cited clinical research. JAMA 2005;294:218.

構成:阪河朝美・藤原 椋/ユンブル

 第9回
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その医療情報は本当か

医療リテラシーの定義は「医療や健康情報を入手・理解・評価・活用するための知識、意欲、能力」とされている。その実践法として、医療の定説やメディアで見聞きする医療情報の読み取りかたを数字、グラフ、情報の質を中心に説明し、また適切な情報を見分ける方法とその活用法を紹介する。

プロフィール

田近亜蘭

たぢか・あらん 京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻 健康増進・行動学分野准教授。医学博士。精神科専門医・指導医。精神保健指定医。京都大学大学院医学研究科博士課程医学専攻修了。関西医科大学精神神経科・医局長、京都大学医学部附属病院精神科神経科・外来医長などを歴任 。

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