カルチャーから見る、韓国社会の素顔 第3回

韓国ドラマ・映画と北朝鮮――映画『南部軍』(1990)からドラマ『愛の不時着』(2019)まで (1)

北朝鮮の人々は『愛の不時着』を見たのだろうか?
伊東順子

2.北朝鮮の韓流はどうなっているのか? 

 

 韓国風の言葉遣いで携帯メールを送った、韓国ドラマを隠れ見た、韓国の歌を仲間と歌った、それが露呈しただけで、若者たちは批判集会の舞台で糾弾され、進学や軍入隊から排除された。処罰はさらにエスカレートして、最近では、動員された群衆の前で開かれる公開裁判で懲役刑が宣告され、親を都市から追放までしている。 202115日付 アジアプレス)

 

 「公開裁判」「懲役刑」という言葉に驚く。もちろん、北朝鮮で韓国ドラマを見ることが違法なのはよく知られている。北朝鮮は厳しい言論統制のある国で、韓国ドラマに限らず海外の文化全般について、一般人が自由に楽しむことはできない。しかしながら、その北朝鮮でも様々なルートを通して外国の音楽、映画、ドラマなどのコンテンツが広がり、多くの愛好者がいることも知られてきた。

 ドラマ『愛の不時着』でも北朝鮮軍兵士の1人が「韓国ドラマ通」という設定になっており、彼がドラマを通して得た韓国についての知識が、多くの場面で重要な役割をしている。またある時はそれが「韓国ドラマ」そのものへのブラックジョークとなったり、お笑いの効果としても上手に使われている。

 「それは南朝鮮のドラマではよくあることです…」

 前回、他国に比べて日本で『愛の不時着』がウケた理由として、あのドリフターズ的な北朝鮮兵士たちの存在が中高年男性を惹きつけたようだと書いた。そこで日本人の中でネタにされてきた「韓ドラあるある」が語られる。思わず北朝鮮の兵士に親近感を覚えてしまう。

 もちろん、これは韓国ドラマ内での自虐ネタではあるのだが、北朝鮮兵士が実際に発言してもおかしくない。というのは、北朝鮮で韓国ドラマが見られ始めたのは2000年代に入った頃で、まさに「韓国ドラマあるある」の全盛期だった。『秋の童話』『冬のソナタ』『天国の階段』等々……。その多く中国から持ち込まれた。

 北朝鮮と中国は国境を接しており、その中国側には「朝鮮族自治州」があり、そこには北朝鮮や韓国と同じ言語を話す人々が暮らしている。その人々は中韓の国交が正式に樹立する以前、すでに1980年代末から韓国との間で行き来を始めており、また衛星放送などで直接韓国のテレビドラマを視聴することも可能だった。それを録画したものが北朝鮮に持ち込まれた。当初は特権層の「隠れた楽しみ」だったが、やがて廉価のVCD機器の普及で一般大衆にまで広がった。

 「韓流」という言葉はそもそも中国で作られた新造語だった。それを韓国が取り入れ、日本も飛びついた。2000年代初頭に中国で巻き起こった韓流ブームは、ストレートに北朝鮮にも伝わったのである。つまり日本と北朝鮮の韓流ブームはほぼ同時期に起こったといえる。

 大量にダビングされた韓国ドラマは、北朝鮮の市場である「ジャンマダン」などで売られるようになった。ジャンマダンの様子は『愛の不時着』の中でも非常に印象的だ。軍服姿のリ・ジョンヒョクがユン・セリのために、見たこともないシャンプーやリンスを探すところなど微笑ましいシーンも多い。

 このあたりの描写は「脱北者」とよばれる、北朝鮮から韓国に亡命した人々の証言がふんだんに盛り込まれているため「もっともリアリティがある」とされ、故郷の風景を懐かしみ涙した脱北者も多いと言われる。ただ、残念ながら今現在もそれがリアルかというと疑問の余地がある。というのは、北朝鮮の状況は一昨年ぐらいからかなり変化してしまったからだ。特に「コロナ以降」、北朝鮮の変化は大きく、海外で暮らす脱北者たちの記憶や経験の一部は「すでに過去のもの」になっている可能性もあるという。

 

3.北朝鮮で『愛の不時着』は見られたのだろうか?

 それについては、先に紹介したアジアプレスの記事に詳しく、そこには金正恩党総書記の直接指示や、それを引用した北朝鮮内部の公式通達なども実物の写真入りで紹介されている。そこで個人的に気になったことを、執筆者である石丸さんに直接聞いてみた。韓流に対する規制が強まる中、果たして当の北朝鮮の人々は、『愛の不時着』を見ることができたのだろうか? 

 「私もそこは気になっているんですが、北朝鮮にいる協力者からそういう話は入っていません。韓国でこういうドラマや映画が大ヒットしているという情報は入れているんですが」

 おそらく見られているとしてもかなり限定的だろう。そう思う理由は2つある。1つは前述のように「韓流に対する規制強化」がかつてないほど厳しくなっていること。そしてもう1つは「新型コロナ」の影響である。

 規制が厳しくなれば、それを見る人が減るのは当然のことだ。たとえば日本などでも、飲酒運転の取り締まりが強化され、あちこちに検問ができればあえてそれをする人は減るだろう。しかも北朝鮮の場合はもはや罰金で済むような問題ではない。

 「最近は政治犯並みの扱いですよね。流通に関わっていた人々も多くが手を引いたり、中には海外に逃げる人もいる」

 そもそも北朝鮮で韓国ドラマが流通したのは、それがお金になったからだ。中国から持ち込む人も、ダビングして市場で売る人も全て「商売」、特別な政治目的があったわけではない。面白いから売れる→売れるから儲かるという、まさに市場の原理だった。違法であることは重々承知でも、それを上回る利益があったから、賄賂などで取り締まりの目をかいくぐってやってきた。ところが最近はそれでは済まなくなっている。「今や韓流関連は政治犯扱い」と石丸さんは言う。

 「取り締りが厳しくなったのは2019年からですね。2月にハノイでの米朝会談が決裂したあたりから徐々に。2020年に入ってからは、新型コロナを口実に一気に社会統制が強められました」

 石丸さんの話を聞きながら、最近の朝鮮半島情勢を少々おさらいしてみた。それまで緊張状態だった朝鮮半島情勢が動いたのは2018年2月、平昌オリンピックに北朝鮮選手団が派遣されるというサプライズがあった。その年の4月には文在寅大統領と金正恩党総書記による南北首脳会談。南北融和ムードの中、6月にはシンガポールで初の米朝会談も実現した。トランプ大統領の言動も軽やかで情勢は好転するかに思えたのだが、関係改善にはつながらなかった。

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カルチャーから見る、韓国社会の素顔

「愛の不時着」「梨泰院クラス」「パラサイト」「82年生まれ、キム・ジヨン」など、多くの韓国カルチャーが人気を博している。ドラマ、映画、文学など、様々なカルチャーから見た、韓国のリアルな今を考察する。

プロフィール

伊東順子

ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。

 

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