カルチャーから見る、韓国社会の素顔 第3回

韓国ドラマ・映画と北朝鮮――映画『南部軍』(1990)からドラマ『愛の不時着』(2019)まで (1)

北朝鮮の人々は『愛の不時着』を見たのだろうか?
伊東順子

2018年2月平昌オリンピック開催

     4月 板門店で南北首脳会談

     6月 シンガポールで米朝会談

 2019年2月 ハノイの第2回米朝会談、決裂

    12月 韓国で『愛の不時着』の放映開始

 2020年1月 新型コロナで北朝鮮が中国との国境を封鎖 

     2月 韓国で『愛の不時着』の放映終了

     6月 北朝鮮が開城工業地区にある南北共同連絡事務所を爆破

 

 時系列に『愛の不時着』を加えてみて、あらためて「間の悪さ」がわかる。特に2019年の12月14日の放送開始時点ではまだ開いていた中朝国境が、放映の途中で閉じてしまった。さらにコロナ流入を警戒して、それまで川越しに行われていた密輸も取り締まりが厳格になり、対岸からUSBを運ぶことは物理的に不可能となった。

 

4.新型コロナと韓流の関係――真逆の日本と北朝鮮

 

 北朝鮮は中国との国境を閉鎖したのは、2020年1月末のことだ。まだ新型コロナが「武漢肺炎」と言われていた頃、世界で最も早い段階での国境閉鎖だった。医療体制が脆弱な北朝鮮としては当然の措置だったといえるが、それが短期で終わらなかったことは大誤算だった。閉鎖により人の往来が完全に途絶え、交易そのものも大きく減少し、中国から物資もほとんど入らなくなってしまった。それは韓流コンテンツにとどまらず、生活のあらゆる分野に及んだ。

 同じ頃、日本ではNetflixで『愛の不時着』の配信が始まった。2月23日のことだ。そして、その4日後である2月27日、安倍首相(当時)が突如として「全国の小中高に一斉休校を要請」を発表する。「寝耳に水」とはまさにこのこと、あまりの唐突さに皆が驚いたが、そこから緊急事態宣言をはさんだ約2~3ヶ月が、日本で最初の自粛とステイホームの期間となった。

 この時期、韓国ドラマを見る人が急増し、「第4次韓流ブーム」という言葉が生まれるほどだった。そのきっかけとなったのが『愛の不時着』であり、その意味では「新型コロナさまさま」。しかしアイロニカルなことにドラマの舞台となった当の北朝鮮では、真逆の事態が進行していたのである。

 先に引用したアジアプレスの記事には、この時期に北朝鮮内部で配布された文書が掲載されている。それはまさに「韓流掃討作戦」といえるもので、タイトルを直訳すると以下のような激しい表現になる。

 「傀儡どもの言葉を模したり真似たりするクズどもを徹底的に掃討するための対策と関連する提案書」

 これが配布されたのは6月末だが、ここでいう「傀儡」とは韓国のことだ、つまり「韓国などは、アメリカの傀儡に過ぎない」、そんな北朝鮮流の考え方による。さらに「敬愛する最高領導者金正恩同志が2020年9月10日に党中央委員会の責任幹部に伝えたお言葉」には、その具体的な内容も示されている。

 

「過去において、血肉関係ではない若い男女の間で傀儡の言葉を真似て『オッパ(お兄さん)』、『トンセン(妹、弟)』と呼ぶ現象が現れていることについて、何度も警鐘を鳴らしました。ところが、未だに一部の青年たちの中に、そのような言い方をする現象がなくなっていません。これは、我が社会に変態的な傀儡の言葉、傀儡風が蔓延している代表的な表現です」 (12月29日付、アジアプレス)

 

 前回、『サイコだけど大丈夫』について書いた拙文で、ドラマに中で使われているヒョンやオッパなどの言葉が、いかに韓国社会で愛情あふれる素敵な言葉であるかにふれた。ところで北朝鮮ではその言葉をなんと「変態的な傀儡の言葉」と規定している。韓国風が気に入らないのはわかるが、いくらなんでも変態的とはひどいじゃないか。

 ただ罵倒する金党総書記の気持ちもわからないではない。というのはそれに続く部分、若者たちの間に「傀儡風が蔓延している」というのだ。さらに携帯電話のショートメールで使われる傀儡風、子どもたちにつけられる傀儡風、取り締まりの対象は多岐に及ぶ。たしかに「傀儡」というのはアメリカの傀儡という意味だから、その傀儡の真似をするとなったらもう傀儡の傀儡? それは全くもってけしからんとなるのだろう。

 それにしてもだ。ドラマ『愛の不時着』が日本でヒットしたことで、それを政治や外交問題につなげるような感想もメディアには登場していた。たとえば日韓関係の改善につながるとか、あるいは朝鮮半島の融和が近づくとか。でも、長らくこの問題に接してきた人々の中には「現実はそれほど甘くはないよ!」と、中には声を荒げる人もいる(注 石丸さんではありません)。後半では朝鮮半島情勢の厳しさを知るために、参考になる映画をいくつか紹介したいと思う。 (つづく)

 

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カルチャーから見る、韓国社会の素顔

「愛の不時着」「梨泰院クラス」「パラサイト」「82年生まれ、キム・ジヨン」など、多くの韓国カルチャーが人気を博している。ドラマ、映画、文学など、様々なカルチャーから見た、韓国のリアルな今を考察する。

プロフィール

伊東順子

ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。

 

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