このコラムにあるとおり、たしかにパク・セロイは半沢直樹というよりルフィの方がしっくりくるかもしれない。夢の大きさ、喧嘩の強さ、何よりも仲間を大切にするその姿。その話を韓国人の若者(24歳、男、日本留学中)にふってみた。
「たしかに、仲間を集めていくところとか、『半沢直樹』よりも『ONE PIECE』ですよね。『梨泰院クラス』は少年ジャンプ系の成長ストーリーにかなり影響受けてると思います。主人公が現実に妥協せずに、目標に向かって走っていく。バカだけど優しいし強いし成長する」
彼は以前、私が編集する雑誌に「留学生の僕が考える『韓流』と日本のこと」という一文の寄せてくれたが、そこにはこんなふうに書かれていた。
「私の世代の男たちなら、ほぼ全員が『ONE PIECE』、『NARUTO』、『BLEACH』 を見て育ち、また1980〜90年代なら『ドラゴンボール』、『SLAM DUNK』 を見なかった人はいないほど」(『中くらいの友だち』8号)
ちなみに韓国ドラマが日本の少女漫画の影響を受けていることは、以前から指摘されてきた。ただ、あくまでもそれは「構造」であり、真似とかコピーとかセコい話ではない。70年代のミュージシャンでビートルズの影響を受けなかった人はいなかったようなものであり、そこからは常にオリジナリティのある、より進化したものが出てくる可能性がある。
たとえば韓国の場合はドラマや映画に限らず、多くの作家やアーティストが「社会的ミッション」に自覚的であり、それが作品に具体的な形で反映されることが多い。この『梨泰院クラス』も例外ではなく、その意味でまず注目すべきなのはパク・セロイが率いる「梨泰院クラス」のメンバー構成である。彼らは「今の韓国で最もホットな人々」であり、そのうえでルフィ率いる「麦わらの一味」と同じように、一人ひとりが「強力な武器」をもっている。
「梨泰院クラス」の仲間たち、その多様性
パク・セロイにとっても、このドラマにとっても、最も重要なのは仲間の存在だ。パク・セロイは復讐劇の第一歩として梨泰院に「タンバム」という小さな居酒屋をオープンする。そこに集まった店員たちが「梨泰院クラス」のメンバーとなる。顔ぶれは多彩だ。
パク・セロイ 「タンバム」の社長。イガクリ頭がトレードマーク。親の仇である外食系財閥企業「長家」との戦いに、15年越しの緻密な計画で挑む。
チェ・スングォン セロイの刑務所仲間。ヤクザ組織にいたが、カタギとして生きていくことに。喧嘩は強いが、いつも我慢している。
マ・ヒョニ シェフ。トランスジェンダー。そのことを、テレビの料理対決番組「最強の居酒屋」の決勝戦の前日、敵陣営がメディアに流布。しかし、ヒョニは嫌がらせに負けない。
チョ・イソ マネージャー。IQ162の天才少女。人気ブロガーだがソシオパス。社会に対しては冷めていて、他人を傷つけることも平気で口にする。
チャン・グンス イソのクラスメート。セロイの復讐の相手である財閥一家の息子であるが、愛人の子であることから正妻の子にいじめられて育った。全てに自信がもてない。
キム・トニー アフリカ出身。ギニア人の母親と韓国人の父親をもつ。「父親が韓国人だから自分も韓国人だ」と主張するが、「肌の色」を理由に受け入れられず苦悩する。
「けんか」「料理」「IQ」……、それぞれの武器は戦いの中で遺憾なく発揮される。なかでも舞台としての「梨泰院」を象徴するのは、マ・ヒョニとキム・トニーの存在だ。ドラマは両者のアイデンティの問題にストレートに踏み込んでいく。
中盤最大の見どころは第12回、タンバムのシェフとしてマ・ヒョニが出演する「最強の居酒屋」の決勝戦である。そこで優勝すれば敵をやっつけるだけでなく、大きな投資が受けられることになっている。ところが敵対する財閥系居酒屋は決勝直前、ヒョニがトランスジェンダーであることをメディアに流布する。卑怯なアウティングに動揺するマ・ヒョニに代わって、自らが包丁を握ろうとするパク・セロイだが……。
この回のラストシーンは感動的だ。「お前はお前だ、他人を納得させなくていい」というパク・セロイの言葉。そしてチョ・イソは電話でヒョニに「今朝、詩集を読んだわ。ヒョニさん(実際の韓国語はオンニ)を思い出した」と詩を読み上げる。
私は石ころ
炎で焼いてみろ
私はびくともしない石ころ
強く たたくがいい
私は頑強な石ころ
暗闇に閉じ込めてみよ
私は1人輝く石ころ
砕けて灰になり腐りゆく
自然の摂理すらはね返してやる
生き残った私
私はダイヤだ
「愛の不時着」「梨泰院クラス」「パラサイト」「82年生まれ、キム・ジヨン」など、多くの韓国カルチャーが人気を博している。ドラマ、映画、文学など、様々なカルチャーから見た、韓国のリアルな今を考察する。
プロフィール
ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。