偶然とは面白いなと思ったのは、前回とりあげたドラマ『SKYキャッスル』(2018年、JTBC)もまた、ソウル大医学部出身者たちが登場していた。そのコントラストはすさまじい。『SKYキャッスル』は、その日本語版副題である「上流階級の妻たち」が示すように、ソウル大医学部に囚われた「上流階級のザンネンな人々の物語」だった。一方、「賢い医師たち」はそんな狂気的な生活とは無縁の、質素で堅実な面々である。どちらがリアルで、どちらがファンタジーなのか?
しかもどちらにも「ソウル大首席入学(要は全国トップ)」がいるから可笑しい。『SKYキャッスル』のカン・ジュンサンは権力欲にとりつかれた傲慢なエリート、『賢い医師生活』のイ・イクジュンはお茶目でお人好しのシングルファーザー。
年齢的には10歳ほどの差がある。イ・イクジュンの幼稚園児の息子が大学受験をする頃には、彼も『SKYキャッスル』の狂気の沼に落ちてしまうのだろうか? 『賢い医師生活』はそうならないための「教科書」なのかもしれない。
韓国でも40歳は「不惑」という言葉がある。医学部は本科6年、インターン1年、レジデンス3年。そこまでで10年、さらに兵役が入るとさらに3年。30代にやっと専門医としての第一歩、そこから懸命に仕事をしてきたら、目の前に40歳の壁が……。キャリアも十分に積んできたが、人生の課題山積みだ。不器用な恋愛や結婚、家族の問題もある。エリート医師たちもまた人生の岐路にっている。
彼らが大学に入学した1999年、IMF体制下の韓国
このドラマは回想シーンが少なく、その代わりに当時の音楽がふんだんに使われている。韓国人なら音楽を聞くだけで、当時を思い出せる仕掛けになっている、海外の視聴者にはそこは少しむずかしいが、さて、彼らが入学した1999年、つまり20年前の韓国とはどんな風だったか?
一言でいえば社会が一度リセットされてしまった時代である。
彼らが生まれた1980年初頭の韓国はまだ独裁政権の時代だった。1980年には光州で民主化を求める市民を軍部が武力弾圧し、多くの犠牲者を出すという痛ましい事件があった(光州事件)。その後、1987年には社会は民主化され、1988年にはソウルオリンピックが開催され社会は一気に明るくなる。彼らが小学校に入学した頃だ。
そこから韓国は一気に次のステップを跳ね上がろうとする。目標は「先進国入り」。その頃、隣国には「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の経済大国があり、バブル時代を謳歌していた。私はちょうど1990年に日本から韓国に移動したので、両国の違いをよく覚えている。韓国はまだ貧しかったけど、人々は真面目だった。特に面食らったのは勉強熱心な子どもたちである。
夜の10時過ぎに小学生が市内バスに乗っていた。彼らは皆、小さな背中に勉強道具の入った重そうなリュックを背負っていた。その頃の小学生は弁当を2つ持って学校に行き、そこで遅くまで勉強していた。中学生や高校生はさらに遅く、日付が変わるまで勉強していた。
バブル景気の「お立ち台」から来た私たちには、韓国の子どもたちのストイックさは異様に見えたが、一方でこんな努力が何かの成果を生み出さないはずはないと思った。量から質への転化はいずれ起こるだろう。30年たった今、眩しい韓国の発展を見れば、私の予感はあたったわけだが、ただ一筋縄ではなかった。
1997年の秋、アジア金融危機が起こり、韓国は「国家倒産」の危機を迎える。当時のことは『国家が破産する日』という映画になっているが、少しフィクション部分が多い。それはともかく、韓国は国家倒産の危機を回避するために、IMFの緊急支援を受けることになった。倒産、失業、自殺……。多くの人々が路上に投げ出された。
そんな時代に高校生活を送り、大学に入学した彼ら。時代を表しているなと思うのは、主人公5人の意識がフラットであることだ。富裕層の子も一般家庭の子も「同じ釜の飯」を食っていた1999年当時の大学生たち。それから20年後の2019年、40歳になった彼らは果たして、どんな社会を生きているのか。
「愛の不時着」「梨泰院クラス」「パラサイト」「82年生まれ、キム・ジヨン」など、多くの韓国カルチャーが人気を博している。ドラマ、映画、文学など、様々なカルチャーから見た、韓国のリアルな今を考察する。
プロフィール
ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。