カルチャーから見る、韓国社会の素顔 第11回

『賢い医師生活』で知る、韓国の人々の幸福感や倫理観

伊東順子

聖職者と職業軍人

 

 もちろん、それらは韓国人に限ったことではない。日本でも「人の役にたつ」という喜びを噛み締めながら、日々働いている人は多いだろう。その一方で、やはりドラマが韓国的だと思うのは、そんな倫理観や幸福感と結びついた職業として、医師の他に聖職者や職業軍人が登場することだ。

 医師をやめて聖職者になろうと悩む人、職業軍人をやめて医師になった人、さらにもうひとり別の医師の妹として、陸軍将校も登場する。

 ここらへんは韓国人の意識は欧米人に近いかもしれない。医師と聖職者と軍人という三つの職業が並ぶことは、今の日本ではあまりないだろう。

 韓国はクリスチャンが多い国として知られており、最新の調査では人口の約23%となっている。ドラマ主役5人の医師の中では、チェ・ソンファとアン・ジョンウォンの2人がクリスチャンという設定であり、全国平均に比べると比率は高いが、ソウルの知識層というカテゴリーだと肌感覚としてマッチする。

 チェ・ソンファは教会の聖歌隊のメンバーであり、またアン・ジョンウォンは医師をやめて聖職者(神父)の道を歩みたいと思っている。彼はアンドレアという洗礼名もあり、ドラマ中でもその呼び名が頻繁に登場する。

 アン・ジョンウォンの世界観や倫理観は日本から見ると極端に思えるかもしれない。ただ韓国には、彼のように真のキリスト教精神とは何かを考えた末に、そのホスピタリティ(支え合い)の可能性を信じる人々が確実にいる。ドラマでは「すでに神に仕えている」彼の兄弟姉妹をコミカルに描くことで、説教臭さを払拭している。上手な演出だなと感心する。

 そして「職業軍人」、こちらも日本ではあまり身近ではないだろう。「国防」という聖職者とは別のミッションを自覚した人々の存在。また軍人といえば男性イメージが強い韓国だが、ドラマではあえて女性の陸軍将校を登場させている。韓国には陸海空軍それぞれの士官学校があるが、女性比率は10%に定められており、最近は少ない枠をめぐって男性よりも高い競争率となっている。

 

悩める40代、エリート医師たちはどんな人生を選択するのだろう?

 

 40代に突入する5人の医師のうち、2人は結婚に失敗し、残り3人は独身。

 「一般韓国社会ではあるあるかもしれないけど、お医者さんはそんなことないでしょう」と友人は感想を述べていたが、そこはもちろんドラマの設定である。ただ「悩める40歳」というテーマは、韓国ではリアルである。

 冒頭に述べたように、頑張ってキャリアは十分に積んできたが、人生の課題は山積み。なかでも不器用な恋愛や結婚、家族の問題もある。特に「子ども」のことを考えるなら、40歳は1つのボーダーラインとも言える。

 5人のうち子どもがいるのは、イ・イクジュン一人だけで、ここらへんは今の韓国社会の問題を反映している。韓国の2020年の合計特殊出生率(1人の女性が一生に産む子どもの数に相当)は日本の1.36(19年)を下回る0.84と世界最低水準となっている。

 少子化の要因として、第一にあげられるのは結婚しない若者の増加である。初婚年齢の平均も日本より遅くなっており、19年の平均初婚年齢は、男33.4歳、女30.6歳。日本の31.2歳、29.6歳を上回る。

 晩婚化・非婚化の原因は複合的だが、もともとは子どもが大好きな人たちだ。赤ちゃんや小さい子を連れていれば話しかけてくる人は男女を問わず多いし、ドラマにもあるように友だちの子や甥姪への思い入れも日本以上に強いと感じることが多い。

 独身主義を謳ってきた人々も、40歳を迎えた頃に心は揺れる。頑張ってきた自分は、次に何を頑張ればいいのか。蓄積したキャリアやお金はどうやって社会に還元すればいいのか? 自分はどんな幸せを望んでいるのか?

 かつてのように社会の常識に沿って、親の勧めたとおりに生きるという選択肢は、今の韓国人にはない。選ぶのも決めるのも自分自身。5人のエリート医師たちは、果たしてどんな人生を選択するのか? ドラマの進行は注目されている。 

 

 以下はすでに放映が終了しているシーズン1のエピソードで面白かったことなど。短く解説を加えたいと思う。

 

「日本人か?」

 イ・イクジュンとキム・ジュンワンは慶尚南道昌原の同じ高校出身という設定になっている。5人が大学での初対面シーンで、ソッキョンが2人に向かって「日本人か?」というシーンがある。韓国の中でも慶尚道方言はアクセントが強く、さらに発音もソウルの人々とはかなり違い、まるで日本人が話す韓国語に聞こえるのだという。逆に私たちのような在韓日本人が韓国語を話すと、「慶尚道の人ですか?」と言われることが多々ある。

 

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カルチャーから見る、韓国社会の素顔

「愛の不時着」「梨泰院クラス」「パラサイト」「82年生まれ、キム・ジヨン」など、多くの韓国カルチャーが人気を博している。ドラマ、映画、文学など、様々なカルチャーから見た、韓国のリアルな今を考察する。

プロフィール

伊東順子

ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。

 

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