日韓の違い
元をたどれば韓国の保健医療は、日本の制度をモデルにしていた。ただ財源確保の難しさもあり、途中から独自の方向に舵を切った。その結果が、低負担・低給付+民間保険という韓国型の国民皆保険制。個人が払う保険料を比較的安く抑え、同時に健康保険全体の支出も抑えるというものだった。したがって韓国には、日本にあるような高齢者医療制度もない。高齢者に対する医療支援は個人クリニックでの低料金適応のみ、その他の外来、入院、手術などは全て、現役世代と同じ負担となる。
「日本の医療制度は高齢者に優しいですよね。韓国は本当に大変です」
日韓両国で暮らした経験のある人々は、そういった感想を持つ。それは事実であるのだが、その代わりに日本は現役世代の保険料が高く、特に医療を使わない若者世代にとって負担となっている。さらに医療保険の赤字は膨大で国家予算を圧迫しており、このままではもたないと何年も前から言われている。
韓国はその点をクリアにするために、支出を抑える政策を続けてきたが、その結果として実費分を負担できる層とそれ以外では格差が生じてしまう。つまり広がる経済格差が、受けられる医療の質にストレートに反映してしまうのだ。
ドラマの中ではそれを解決する方法として、「あしながおじさん」と「VIPルーム」の二つを結びつけようとする。つまり上流階級には「VIPルーム」の豪華なサービスを提供することで満足感を与え、そこから得た収益を貧困層に回していく。国民健康保険という形でみんなで均等に負担するというより、むしろ格差を積極的に利用していく方法。それは、韓国なら可能な「富の再分配法」かもしれない。韓国では芸能人の高額寄付がよく話題になるが、背景には「儲けた人がそれを社会に還元するのは当然」という考え方がある。
臓器移植と「困った人を見たら助けましょう」の正しさ
そしてもう一つ、ドラマでは執拗に出てくるのが「臓器移植」の問題だ。
「あのドラマには、なんであんなに肝臓移植が出てくるんでしょう?」
日本の視聴者の中には疑問を持つ人がいるようだ。
韓国は肝臓病患者が多いという事情もあるが、もちろんそれだけが理由ではない。肝移植を始めとした臓器移植は、生命倫理を考える上でとても重要なテーマだからだ。我が子が救われると決まった瞬間には、どこかで別の子どもの命が失われたということ。ドラマには、そんなつらいシーンも多い。
欧米諸国に比べると、韓国も臓器移植は進んでいる方とはいえない。そこで、これまでも宗教界を始めとした社会の様々な分野で、臓器提供の呼びかけが行われてきた。このドラマもその一環と言えるだろう。ただ、その韓国よりもさらに遅れているのが日本で、100万人あたりの臓器寄贈者の数は韓国の11分の1、アメリカの43分の1に過ぎないという。
また。韓国人は互いに助け合うことを美徳とする。
以前、韓国の学校に子どもを通わせる日本人から話を聞いて、なるほどと思ったことがある。
「僕は感動したんですよ。韓国の小学校ではね、『困った人を見たら助けましょう』と教えるんです。今、日本の学校ではどうでしょう? むしろ『他人に迷惑をかけないように』じゃないですか?」
別の友人は韓国で障害者の子どもを育ているが、やはり小学校ではみんなが奪い合うように世話をしてくれたという。それは完全に正しいことであり、先生も積極的に評価するからだ。
すでにふれたように、ドラマ『賢い医師生活』のベースには、みんなが小学校の授業で習った『賢い生活』がある。さらに『正しい生活』や『明るい生活』などに書かれていた、自然や社会との関わり方、道徳意識や倫理観。困った人を助けることは絶対に正しく、それを実行できる機会を得ることの喜び、結果につながったときの幸福感。それがどれほどかけがいのないものか、ドラマでは出演者たちの美しい笑顔で表現されている。
「愛の不時着」「梨泰院クラス」「パラサイト」「82年生まれ、キム・ジヨン」など、多くの韓国カルチャーが人気を博している。ドラマ、映画、文学など、様々なカルチャーから見た、韓国のリアルな今を考察する。
プロフィール
ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。