カルチャーから見る、韓国社会の素顔 第11回

『賢い医師生活』で知る、韓国の人々の幸福感や倫理観

伊東順子

「教授と先生」

 字幕では医師たちの敬称は全て◯◯先生で統一されているが、韓国では◯◯教授と◯◯先生を明確に使い分けている。同じ医師の資格があってもインターンやレジの人々には◯◯先生、助教授以上は◯◯教授と呼んでいる。

 知り合いの韓国人留学生は日本の大学では普通に「◯◯先生」で大丈夫なことを知らずに、いちいち「◯◯教授!」呼びかけていた。そう呼ばれた教授は「なんだか、緊張しちゃいました」と言っていた。

 逆に韓国に留学する場合は、「先生」と「教授」の使い分けが必要になる。ちなみにわからない時は「教授」と読んでしまうのがいい。「大学で教えている人は、講師でも全て教授と呼んでおいた方がいい。それで気分が害する人はいないから」というのが、実際の「教授」からのアドバイスだ。

 

「雨が降るとスジェビ」

 チェ・ソンファが雨が大好き。韓国では雪はもちろん、雨に特別な思いを寄せる人は多い。日韓貿易摩擦で日本を訪れたサムソンのイ・ジェヨン副会長が、記者たちの「ぶら下がりインタビュー」に、たった一言で「梅雨ですね」と日本語で切り返したのは界隈で話題になったが、個人的には「韓国人らしいなあ」と思った。韓国人は雨が降ると、連想する食べ物が3つある。「スジェビ」(韓国風のすいとん)、「カルククス(韓国風のうどん)」、そして「チヂミ」。さて、どれを食べるか。ソンファが選んだのはスジェビだった。

 

「本と賄賂」

 このドラマでは、「賢い医師たちは、絶対に賄賂は受け取らない」という、今の韓国社会のモラルが繰り返し描かれている。韓国は日本以上に「付け届け」の多い社会で、それを厳格に取り締まる法律が2015年に制定された。ドラマの中の台詞にも登場する通称「キム・ヨンナム法」では、1回3万ウォン以上の接待や5万ウォン以上の贈り物は禁止、その対象は公務員や教員、そして大学病院の医師や看護師などである。

 ドラマの中で、患者さんの親がソンファに本を渡そうとするシーンがある。「それは自分も読んだ」とソンファが切り返すと、なぜか相手はがっかりした顔をする。ふつうは本の話でもりあがってもいいのに、なぜか? 韓国で本を渡すというのは、その中に「お金をはさんでいる」という意味だからだ。

 もちろん純粋に感謝の気持ちを表したい人たちもいるので、ドラマの中で「賢い医師」たちは、あえて心のこもった小さなものは受け取る姿が示唆的に描かれている。

 

 その他にも第8回で、胸部外科のチーフレジデント、ト・ジェハクがいわゆる「チョンセ詐欺」に合うシーンなども、不動産システムが違う日本人には理解しにくいと思う。韓国のドラマに限らず、映画でも、小説でも、不動産に関係する問題はひんぱんに登場するので、これはあらためて書こうと思う。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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カルチャーから見る、韓国社会の素顔

「愛の不時着」「梨泰院クラス」「パラサイト」「82年生まれ、キム・ジヨン」など、多くの韓国カルチャーが人気を博している。ドラマ、映画、文学など、様々なカルチャーから見た、韓国のリアルな今を考察する。

プロフィール

伊東順子

ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。

 

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『賢い医師生活』で知る、韓国の人々の幸福感や倫理観