都築は話した。
「合う曲、いい曲というのは、そういうものなんですよ。自然に身体に入って、表現できる。
音楽がすっと入るときは、調子のいいときです。その波に乗るのが、すごく大切なんです。
波に乗ってスケートが出来るとジャンプの確率が高くなります。このときの羽生もそうです。非常に高いレベルのテクニックで滑っています。
トリプルアクセルの入り方なんて、タイミング的にはもう完璧です。このタイミングは、ほかの選手には、なかなか真似ができない」
私は訊いた。
「こういうスケートをしていて、ほかの選手にファイブコンポーネンツで負けることはありますか?」
都築は答えた。
「転倒とかのデメリットがなかったら、絶対に負けることはないと思います」
「SSの評価には、転倒とか回転不足が影響するのでしょうか?」
「微妙に影響すると思います」
そのあとも、「バラード第一番」について、スピンがどうだ、上半身がどうだ、足元がどうだと話したあとで、都築はとても嬉しそうに言った。
「この演技は、完全に、パーフェクトですね」
柔らかい笑みが浮かんでいた。都築が羽生を語るときはいつもそうだ。
都築への新しいインタビューでは、「Let Me Entertain You」と「天と地と」について、詳細に訊ねたいと考えている。
それが長野(2020年全日本選手権)の話になるのか、ストックホルムの話になるのかはまだわからない。
両方というのは、筆者のわがままだろうか。
ノンフィクション作家、エッセイストの宇都宮直子が、フィギュアスケートにまつわる様々な問題を取材する。
プロフィール
宇都宮直子
ノンフィクション作家、エッセイスト。医療、人物、教育、スポーツ、ペットと人間の関わりなど、幅広いジャンルで活動。フィギュアスケートの取材・執筆は20年以上におよび、スポーツ誌、文芸誌などでルポルタージュ、エッセイを発表している。著書に『人間らしい死を迎えるために』『ペットと日本人』『別れの何が悲しいのですかと、三國連太郎は言った』『羽生結弦が生まれるまで 日本男子フィギュアスケート挑戦の歴史』『スケートは人生だ!』『三國連太郎、彷徨う魂へ』ほか多数。2020年1月に『羽生結弦を生んだ男 都築章一郎の道程』を、また2022年12月には『アイスダンスを踊る』(ともに集英社新書)を刊行。