「お久しぶりです。お元気でしたか?」
にこやかに都築章一郎が現れる。
顔色がとてもいい。手には本(小著『羽生結弦が生まれるまで 日本男子フィギュアスケート挑戦の歴史』)と雑誌を持っている。雑誌には、都築のインタビューが掲載されている。
昨年末の全日本選手権(長野)が終わった頃は疲れた様子だったから、いつもと変わらない笑顔が嬉しかった。
「今日は何ですか?」
「今日は長野での羽生さんについてお話しを頂戴したいと思っています」
私たちは、それからずっと羽生結弦の話をした。ものすごく真剣に、だ。
都築は、全日本選手権直後に「感動以上のものを覚えた」と話している。その詳細を、はじめに訊く。
「なんと言えばいいのでしょうか……。私は『羽生がどんな状態なのか』という思いを持って長野に入りました。
そのときまで、羽生がひとりで練習しているというのを知らなかったんです。
現地で『今回は自分で調整して、ひとりで長野に入った』と聞き、驚いたのを覚えています。
コロナの状況ですから仕方のないところはありますが、やっぱり考えられない状態ですよ。全日本というのは、世界選手権、オリンピックに直結する試合ですから。
ただ、別の面から言えば、羽生自身の成長した姿が、またそこでクローズアップされたような気がしました。
たったひとりで、あれほどのことをやり遂げた。これはもう、スケーターとしての技術だけではなく、人間的にも非常に高いレベルに成長していると思いました。
自分の持っているすべてを賭けて、ひとりで調整をしてきたわけですからね、リスクを背負いながら。
その心構えには、われわれコーチとしては驚くと同時に、本当に頭の下がるような思いがします。
私なんかは特に、羽生が小さい時分から関わってきていますから、ほんとうに感動させられました」
そういう意味で、「感動以上のものを覚えた」のだと都築は言った。
ノンフィクション作家、エッセイストの宇都宮直子が、フィギュアスケートにまつわる様々な問題を取材する。