さて「長靴を履いた猫」だが、素晴らしかった。
岡崎隼士のスタイルに沿ったプログラムで、コリオグラファー、クリス・リードの才能を思った。情熱を感じる。
クリスが生きていたら、今年はどんなプログラムを作ったのだろう。あらためて、早すぎる旅立ちが残念でならない。
岡崎の演技には、驚いた。リンクを広く使えるスピードがあり、足のさばきもスムーズだ。
NHK杯が終わった後、キャシーと電話で話をした。
彼女は笑っていた。弾んだ声で、嬉しそうに言う。
「隼士くん、素晴らしかったですね。表現力がある。テレビで観ていたんですが、すごくよい滑りをしていて嬉しくなりました。
クリスが言っていました。『彼はすごい才能がある』って。私もそう思います。
『飲み込みが早くて、振り付けがやりやすい』とも言っていました。
隼士くんはほんとうに才能があります。
まだ10歳だけど、すごく大人っぽくて、スピリッツの見えるスケートをする。
曲をよく聴いて踊っています。動きが合っている。すごいですよ。あの感覚は10歳の選手にしたら、けっこうレアだと思います」
私は訊ねる。クリスのプログラムを岡崎が選んだ経緯について。
キャシーは、また嬉しそうに言った。
「NHK杯は、日本の人たちも海外の人たちも見る試合ですよね。
そういう場所で、もう一度クリスの振り付けをみんなに見てもらいたいと、隼士くんが考えてくれました」
披露にあたり、キャシーはクリスのプログラムを「ちょっとブラッシュアップした」。その作業中には、クリスのスピリッツを感じた。愛を思った。
「なので、NHK杯はめっちゃ嬉しかった。隼士くんもすごくいい経験が出来て、喜んでいました。
あんなに大きな試合で滑ったことがなかったし、素晴らしい選手たちとたくさん会えたし。
若い子が有名な選手と話して、目の前で演技を見られるのはほんとうに大事です。そこでパッションが生まれ、大きなモチベーションができます。
隼士くんには、とても強い気持ちがあります。フィギュアスケートが大好きで、頑張りたいと心から思っている。
これからアップダウンはあると思いますが、彼が将来、オリンピックに出てくれたら嬉しいな。今はそう思っています」
岡崎隼士は初めての大舞台で、クリス・リードのプログラムを踊った。クリスのことが好きだった。
私は「長靴を履いた猫」に魅せられた。だから、このエッセイをそのままクリスに贈ろうと思う。
ノンフィクション作家、エッセイストの宇都宮直子が、フィギュアスケートにまつわる様々な問題を取材する。