アイスダンスが好きだ。
ずっとそうだった。これまで書いてこなかったのは、機会がなかったからだ。
過去、編集者に「書きたい」と何度か伝えた。「いいですね」と言われたこともある。でも、実際には、そういう機会には恵まれなかった。
近頃はテクニック重視に変わってきて、スポーツ感が増しているが、以前は藝術性こそが醍醐味だった。
私はアイスダンスを「ぼーっと」観ていた。美しくて、綺麗で、素敵な試合が好きだった。好きなプログラムもたくさんある。
ロシアのオクサナ・グリシュク(のちにパーシャに改名)、エフゲニー・プラトフのフリーダンス「メモリアル・レクイエム」もそのひとつだ。
彼らはすごいスピードで、とてもモダンに、モードを感じさせるダンスを踊った。私には、そう見えた。
1998年の長野オリンピックで、金メダリストになった。94年のリレハンメルでも優勝していたから、二連覇を達成した。オリンピックアイスダンス史上初となる快挙だった。
だいぶ後になってから、私は彼らのコーチ(長野オリンピック当時)、タチアナ・タラソワ氏に会った。
タラソワは彼らの話を、とても嬉しそうにした。
「あの子たちは、ほんとうに素晴らしかった。今でも誇りに思っています。リンクサイドで、私はものすごく緊張していたのよ。身体がぶるぶる震えていたの」
一方、彼女は日本の状況を憂いていて、
「日本はアイスダンスに、もっと力を入れなければいけない。オリンピックには団体戦があるのだから」
と言っていた。
私たちはアイスダンスについて、あれこれ話をした。だけど、そのときはまだ知らなかった。
日本のアイスダンスは、次第に熱を帯びていく。
観客はタンディングオベーションで、選手を称える。胸を打つ、美しい戦いが繰り広げられる。状況は変わる。どんどん良くなっていく。
それをまだ誰も知らなかった。あのタチアナ・タラソワでさえ気がついていなかった。まったく。
ノンフィクション作家、エッセイストの宇都宮直子が、フィギュアスケートにまつわる様々な問題を取材する。