宇都宮直子 スケートを語る 第24回

ここで生きていく

宇都宮直子

 北京オリンピックが、すぐそこに近づいてきている。

 コロナ禍での開催は難しく、2022年1月半ば現在、観客は国内のみに限られる。オミクロン株が爆発的に広がっているので、制約は増えるかも知れない。選手が存分に力を発揮できるよう、祈るばかりだ。

 アイスダンスには、小松原美里・尊組が出場する。全日本選手権を四連覇中のカップルだ。

 その勝利を、彼らは想像も出来ないくらいの苦労を経て勝ち取った。薄氷を踏むような勝利だったと言ってもいいと思う。

 日本のアイスダンスのオリンピック出場枠は1だ。それを巡る戦いには、痺れるものがあった。

 観客席にいてもそうだったのだから、当事者の緊張はいかばかりだったろうか。

 緊張をもたらしたのは、村元哉中・髙橋大輔組の存在である。「かなだい」は昨シーズンにデビューしたばかりのカップルだが、信じがたい成長を果たした。不可能を可能にする力を持つ。

 とくにシングルから転向した髙橋には胸を打たれる。安定したリフトに、重ねられた努力を思う。

 アイスダンスでは、男性が女性をより美しく見せなければならない。そういう役割がある。この意味において、彼はもう完全なアイスダンサーである。村元はほんとうに美しい。輝いている。

 さて、全日本チャンピオンに筆を戻す。敬意を込めて、小松原組について書く。

 彼らは「絶望」を抱えたと口にする。その上で、「やれることはすべてやってきた」と話す。

 だから、彼らは勝った。いちばんになったのだと思う。

 アイスダンスのISUテクニカル・スペシャリスト(国際スケート連盟認定技術審判員)、都築奈加子氏は言う。

「今回の全日本選手権は、互いに『相手を超えなければならない』という試合になりました。競い合う相手があるという展開は、とても大事です。

 小松原組の『これで十分と思う先までやる』という姿勢を、選手として素晴らしいと思います。

(試合では)リフトも見栄えがしましたし、経験が随所でいきていました。ルールに則った、アイスダンサーらしい滑りをしていたと思います」

 彼らは「絶望」に屈しなかった。懸命に練習を重ねた。だから勝ったのである。

 

 アイスダンスは曲の想いを伝える競技だと、タチアナ・タラソワから教わった。演技を通して、さまざまな感情に触れることで、感動が生まれる。

 私は小松原組の滑りに愛を感じる。しっかりとした思いを感じる。

 彼らはフリーダンスを「SAYURI」で踊った。苦しい恋がテーマだ。曲中、セリフを女優の夏木マリが担当していた。

 夏木の重くて深い「声」が言う。

 

 水のごとくしなやかに

 あなたとここで

 生きてゆく

 

 そういう演技を、彼らはしていた。

 

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宇都宮直子 スケートを語る

ノンフィクション作家、エッセイストの宇都宮直子が、フィギュアスケートにまつわる様々な問題を取材する。

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プロフィール

宇都宮直子
ノンフィクション作家、エッセイスト。医療、人物、教育、スポーツ、ペットと人間の関わりなど、幅広いジャンルで活動。フィギュアスケートの取材・執筆は20年以上におよび、スポーツ誌、文芸誌などでルポルタージュ、エッセイを発表している。著書に『人間らしい死を迎えるために』『ペットと日本人』『別れの何が悲しいのですかと、三國連太郎は言った』『羽生結弦が生まれるまで 日本男子フィギュアスケート挑戦の歴史』『スケートは人生だ!』『三國連太郎、彷徨う魂へ』ほか多数。2020年1月に『羽生結弦を生んだ男 都築章一郎の道程』を、また2022年12月には『アイスダンスを踊る』(ともに集英社新書)を刊行。
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