宇都宮直子 スケートを語る 第31回

コストナー

宇都宮直子

 11月4週目の週末、大阪に出かけた。

 連休だったからか、駅は混雑していた。外国人の観光客も多くいる。

 滞在したホテルも満室で、どちらかと言えば外国人ばかりと一緒になった。エレベーターや朝食の席で。

 フィギュアスケートグランプリシリーズ2023、NHK杯は大阪での開催だった。会場は、東和薬品RACTABドームだ。

 各競技はそれぞれ素晴らしく、会場の雰囲気は温かだった、選手ごとに振られる国旗が、いかにも日本の試合らしかった。

 試合後、ジャッジの厳しさが云々されていたが、ジャッジが厳しいのは当然だと思う。ただし、試合ごとに基準が異なるのは、競技としてだいぶおかしい。

 この件については、十年以上前から「だいぶおかしい」と思い続けている。試合ごとに変わる基準では、選手は戦えないではないか。もっと言えば、まったく公平ではない。

 ずっと言い続けてきたが、これからも言う。採点基準は統一しなければならない。数値化の難しい競技だからこそ、そうあるべきだと思う。

 

 男子シングルの優勝者は、鍵山優真だった。彼は2022年中国、北京オリンピック銀メダリストである。

 二位になったのは、宇野昌磨。2018年韓国、平昌オリンピックで銀メダル、2022年北京オリンピックで銅メダルを獲得している。

 世界選手権は2022年フランスモンペリエ、2023年さいたまを連覇している。押しも押されぬ日本のエースだ。

 ふたりの競い合いには、ひりひりした。

 彼らは、フィギュアスケートを面白くする。世界を引っ張っている。そういう存在が日本にいてくれて、嬉しい。お礼を言いたいくらいだ。

 さて、会場には懐かしい人がいた。鍵山が今シーズンに迎えたカロリーナ・コストナーコーチである。

 私は思い出す。彼女はエレガントな選手だった。ずっと観ていたいと思わせるスケートをした。大好きだった。

 コストナーを意識したのは、2008年の世界選手権だった気がする。私は現地で取材をしていた。スエーデンのイエテボリが開催地で、彼女は21歳だった。

 2005年にロシア、モスクワの世界選手権で銅メダルを獲得し、大いに期待されていたものの、まだ「イタリアの至宝」とは呼ばれていなかった。 

 イエテボリの女子フリー、最終グループにはコストナー、浅田真央、中野友加里らがいた。優勝したのは浅田で、コストナーは二位だった。中野は四位だった。

 コストナーは、

「結果に満足している」

 と話していた。

 正直に言う。このとき、彼女を熱烈に応援していたとは言いがたい。怪我でフリーを途中棄権した安藤美姫を含めて、私は日本の選手を応援していた。

 それでも、覚えている。コストナーのスケートにはスピードがあり、独特の品があった。滑らかで、柔らかだった。

 イエテボリの取材ノートに、私は「大歓声」と書いている。彼女は、観衆の支持をたくさん受けていた。

 2012年フランス、ニースの世界選手権優勝、2014年ロシア、ソチオリンピックの銅メダルに輝いたものの、彼女の道は平坦ではなかった。

 成功を手にしたゆえの紆余曲折は、世の中に少なからずある。要は、そこからどう生きるかだ。

 コストナーは問題を多々抱えたが、諦めなかった。リンクに必ず戻ってきた。フィギュアスケートへ深い思いを持っていた。だからこそ、15年以上もハイレベルな戦いの場にいられたのだ。

 忘れられないプログラムがある。ソチオリンピックのショートプログラムだ。

 コストナーは、それをシューベルトのアヴェマリアで踊った。薄いブルーに白のコスチュームでだ。袖のところが白に近い銀色に光っていた。

 ひとかきですーっと伸びる。流れるようなスケーティング。爽快なスピード。指先まで気持ちが込められる。成熟した演技。

 賛辞なら、いくつも綴ることができる。つまり私は、彼女が今でも好きなのだ。

 大阪でのNHK杯、鍵山優真には緊張が見えた。大きなけがから復帰しての国内戦、緊張があって当然だろう。

 一方、気概も漂わせていた。六分間練習のとき、彼は大きく息を吐いた。「ふうっ」と聞こえた。その吐息に、やり遂げようとする意志を思った。

 コストナーは、フェンスの前に立っていた。優真の父であり、コーチでもある鍵山正和氏の横であったり、少し後ろだったりにである。

 見ていた範囲では、大きな声をあげたりはしていなかった。拍手はしていた。優真が帰ってくると、上着やエッジケースを渡していた。

 試合に入ってからも、あまり様子は変わらなかった。試合が終わると微笑みながら、正和コーチの背中をぽんぽんと撫でた。それから手のひらをぽんと合わせた。

 結果がよかったのだから当たり前だが、鍵山はすごく嬉しそうにしていた。その両側にいるコーチもそうだ。幸せそうに見えた。

 鍵山優真のこれからが楽しみだ。たしかな技術に加えて、表現力がさらに増している。スピードは申し分ないし、スケートは滑らかだ。伸びている。

 書いていて、思う。まるで数行前に綴ったコストナーへの賛辞のようではないか。

 鍵山はますます輝くに違いない。いつか、その日のことも書こうと思う。

 第30回
宇都宮直子 スケートを語る

ノンフィクション作家、エッセイストの宇都宮直子が、フィギュアスケートにまつわる様々な問題を取材する。

関連書籍

アイスダンスを踊る

プロフィール

宇都宮直子
ノンフィクション作家、エッセイスト。医療、人物、教育、スポーツ、ペットと人間の関わりなど、幅広いジャンルで活動。フィギュアスケートの取材・執筆は20年以上におよび、スポーツ誌、文芸誌などでルポルタージュ、エッセイを発表している。著書に『人間らしい死を迎えるために』『ペットと日本人』『別れの何が悲しいのですかと、三國連太郎は言った』『羽生結弦が生まれるまで 日本男子フィギュアスケート挑戦の歴史』『スケートは人生だ!』『三國連太郎、彷徨う魂へ』ほか多数。2020年1月に『羽生結弦を生んだ男 都築章一郎の道程』を、また2022年12月には『アイスダンスを踊る』(ともに集英社新書)を刊行。
集英社新書公式Twitter 集英社新書Youtube公式チャンネル
プラスをSNSでも
Twitter, Youtube

コストナー