宇都宮直子 スケートを語る 第7回

ジャンプの王様

宇都宮直子

 久しぶりに都築章一郎コーチに会った。

 都築は変わっていなかった。顔色が良く、声に張りがある。羽生について語っているときは、幸せそうに見えた。

「コロナのことでは、想像もつかない状況になりましたね。世界中で生活様式が変わってしまいました。

 私のところ(神奈川、横浜銀行アイスアリーナ)でも、4月半ばから滑れなくなっていましたが、この7月から一応滑れるようになりました。

 ただ、休んでいる間の子どもたちの変化には大きなものがあります。精神的にも体力的にも非常に落ちている。技術的にもです。

 今は暗中模索でやっています。そもそもの計画はもう踏ませられないですし、新しい計画も立てられない状態ですから。

 当初の目的にかなうような環境整備ができるのかどうか。そのために何をやればいいのか。何をやれるのか。

 選手も保護者も、コーチも不安を抱えています。大いに悩んでいると思います」

 では、この不安定な状況は、「王者、羽生結弦」にどんな影響を与えるのだろう。

 昨シーズン、彼は4回転半アクセルに挑んでいる。グランプリファイナルの際には、練習で3度試みた。彼の挑戦は、これからどこへ向かうのだろう。

 都築は話す。

「羽生は、東日本大震災を経験しています。形は違っても、そういう痛みをくぐってきている。なので、ほかの子に比べれば、かなりしっかりしたものを持ち合わせているのではないかと思っています。

 身体の戻し方は本人がわかっているでしょうし、コーチも知っていると思います。

 世の中が変われば、粛々とそれに順応していく。彼には、これまでの貯金もありますからね」

 私は訊ねる。一定期間、リンクで練習ができないと、ジャンプは技術的にどう落ちるのか。

 都築は「羽生の場合、あまり心配はない」と答え、続ける。

「練習を再開したときに、感覚的に覚えているもの、テクニックの感触をすぐに取り戻せるかどうか。これが大きな課題です。

 羽生の場合は、割合に早いと思います。苦労をしないでいいくらい、真摯な練習を重ねてきている。

 むしろ、問題なのは体力面だと思います。彼は昔から体力的には、そんなに強い方ではありませんでした。精神面の強さで、今日を作り上げてきたとも言えます。

 彼のことですから、リンクに立てない間は、身体を鍛えていたのではないでしょうか。体力は、ほんとうに重要です。テクニックにいちばん影響します。

 まあ、羽生はほかの子と背景が違いますから、心配するようなことはないと私は思っています」

 都築と話をしていると、彼がどんなに羽生を誇りに思っているかが伝わってくる。聞いていて、楽しい。そして、妙に自信がわいてくる。

 羽生結弦は近いうちに、4回転半アクセルを跳ぶ。必ず、成功させる。そういう類いの自信が、である。

 その自信に支えられ、次もジャンプの王様の話をする。都築章一郎だから語れる、羽生結弦の話をたっぷりとする。

 

 

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宇都宮直子 スケートを語る

ノンフィクション作家、エッセイストの宇都宮直子が、フィギュアスケートにまつわる様々な問題を取材する。

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プロフィール

宇都宮直子
ノンフィクション作家、エッセイスト。医療、人物、教育、スポーツ、ペットと人間の関わりなど、幅広いジャンルで活動。フィギュアスケートの取材・執筆は20年以上におよび、スポーツ誌、文芸誌などでルポルタージュ、エッセイを発表している。著書に『人間らしい死を迎えるために』『ペットと日本人』『別れの何が悲しいのですかと、三國連太郎は言った』『羽生結弦が生まれるまで 日本男子フィギュアスケート挑戦の歴史』『スケートは人生だ!』『三國連太郎、彷徨う魂へ』ほか多数。2020年1月に『羽生結弦を生んだ男 都築章一郎の道程』を、また2022年12月には『アイスダンスを踊る』(ともに集英社新書)を刊行。
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