遺魂伝 第3回 中村敦夫

ラクに生きられる方法はわかっている。でも、できない。そこが私と紋次郎は同じなんですよ

佐々木徹

若い世代が本当に追い詰められたとき、日本は変われる

――では、話を朗読劇『線量計が鳴る』の元原発技師だった老人の独白に戻したいのですが、あの言葉が持つドスンッとした重さを感じた時に、あるドキュメンタリー番組の映像が舞い降りてきたんです。

 その番組は2021年に行なわれた第49回衆議院選挙における各注目候補者の選挙中の動向を追ったもので、目を引いたのは他の自民党候補者の応援で全国を駆け巡っていた安倍晋三が、ようやくお国入りできたシーン。ある農村地帯で選挙カーを降りた安倍さんは、有権者たちに笑顔で手を振ります。そんな風景をカメラが追っていくわけですが、こんなシーンもとらえていました。

 何人かの村のおばあちゃんとおぼしきグループが、安倍さんに頭を下げながら拝むように手を合わせていたんです。番組の制作者が、おばあちゃんたちに〝なぜ、あなたがたは手を合わせるんですか〟とマイクを向けると、彼女らは〝だって、安倍さんは生き神様だもの〟と答えたんです。僕はゾッとしましたね。東京に住む僕からすれば、安倍晋三なんて政治家はモリカケ問題を始めとして、「桜を見る会」の問題ではナント、国会で118回のウソ答弁を繰り返した許せない政治家のひとりだったわけです。それが地元だと、おらが村の立派な総理大臣様、生き神様と祀られる。これじゃいくら中央で政治家生命を脅かすような不正や悪さを重ねようと、出直し選挙だと看板を掲げれば、ナンボでも地元で生き返れる。だって、ゾンビも裸足で逃げ出す生き神様だから。

 要するに、世の中が何かおかしいと人々が感じたとしても、この国は半永久的に変わらないんだろうなという絶望感を背負わされたような映像でしたね。

「ですから、さきほども言ったように、おばあちゃんたちが物心ついた頃からずっと引き継ぎ大事にしてきたものは、江戸時代以来の階級制の秩序なんですよ。それを延々と、村という狭い世界で完成させてきたんです。その集合体が日本という国の正体なのかもしれませんよね……。とどのつまり、自分が生まれ育った村の中でしか生きられない、価値観からも逃れられないというね。そういった足枷をはめられてしまっているんです、ガシッと。

 おばあちゃんたちも足枷を付けられている自覚はあるけども、あえて外してまで生きていこうと思っていない。というのも、足枷を外すと村八分になることを知っているから。それが先祖代々に渡って受け継がれているシステムであり、遺伝子として今も多くの日本人の中に組み込まれている。ただ、暦は2023年です。近代になり、いろいろと経済でもグローバルに動いているのにもかかわらず、日本人の心情だけは封建時代のままなのは何かおかしいですよ、まったく辻褄が合わないし、なんかもう笑っちゃう」

――それでも、おばあちゃんたちの心情が変わることって、あるんですかね。

「人ってね、自分が痛い目やひどい目に遭わないと、わからないものなんです。あの元原発技師だった老人が〝おれはもうそんな日本人にはなりたくねえんだ〟と言ったのは、原発事故でひどい目に遭って、何もかも失ったからです。そこでやっと、気づいた。それまでは彼も従順な【昭和の会社人間】だったし、疑う、歯向かう、抗うことを知らなかった。そういう意味では、おばあちゃんたちは変わらないかも知れないけど、その孫たちの世代は変われるかも知れない」

――変われますか。

「変われるでしょう。変わるとなったら、そのスピードは速いと思いますよ」

――なぜに、孫たちの世代は遺伝子変異して変われるのですか。

「これから痛い目、ひどい目に遭いそうだから。最近の一連の報道を見ていればわかるじゃないですか。国力が落ち、止まらぬ物価高。少子化も止まらないし、年金のシステムもグダグダのせいで、若い世代は負担ばかりが増し、ヘタすると年金なんか貰えないかもしれない。しまいにゃ政治家は国民のことを見ず、次の選挙で受かることしか頭にない。これじゃ若い連中が次第に行き詰っていきますよ。結果、自分たちの生活が追い詰められたとき、明日食う米さえ手に入らなくなったとき、若い世代は初めて痛みを知り、拝んでばかりいても何も変わらないことを知るんじゃないかと思う。というか、思考停止のまま生き神様を拝んでいても、日々の生活の痛みを食らうのは自分たち。これは不平等だろうとやっと気づき、まずは拝むのをやめることから始めるかもしれないね」

――でも、多くの日本人が、不況は一時のもので、将来的には経済を立て直すことができるかもしれぬと根拠なき微かな希望を持ち続けていますが。

「それが愚かな人類の信仰なんです。政府や経済界はいまだに無限の経済成長を唱えている。だいたい経済を成長させていくには資源を使わなければいけないわけで、その資源は有限なんですよ。それなのに無限の経済成長だなんてホントにバカげている。これも辻褄の合わない話ですよね、笑うしかないです。いや、資源ばかりじゃない。生活環境、生命環境も有限なんです。その事実と向き合わないで、闇雲に無限の経済成長だとわめかれても、困ってしまう。経団連のお偉いさんが、したり顔で〝苦境の時代こそ、金儲けのチャンスなんです〟とかなんだとか演説しているけども、こうなるともう、経済成長至上主義というカルト宗教です。

 実際のところ、日本の経済は成長するどころかどんどん尻すぼみ。今の日本経済のどこに上がり目があるというんですか。間違いなくこの20年、安倍晋三政権のときのアベノミクスなるまやかしのせいでズルズルと後退してしまった。その事実を検証せず、指摘もせずにただ拝んでいたって、無残に衰退していくだけ。今からでも遅くないです。資源も生命環境も有限ならば、どこかで無限の経済成長という神話を止めたり、経済を環境問題を軸に考えていかなきゃ。そうしないと、不況どころの騒ぎじゃない、人類そのものが危うくなってきている。今年の夏なんか誰も説明できない暑さになっているじゃないですか。いや、ホントにね、私は長いこと、いろんな生物を見てきたけど、残念ながら、人間はあまり利口な動物じゃないですよ(笑)」

――おばあちゃんたちの孫の世代、若い世代の人たちは、これから拝むのをやめることで、その危うさに気づきますかね。

「村にとどまっているうちは難しいだろうね。都会に住んでいても同じ。できれば、見聞を広めるために、海外には行ったほうがいい。一度、他の国から日本を客観的に見つめながら、いろんな体験を積み重ねることが大事だと思います。そうすることで、いろんな角度から物事をとらえられるようにはなりますし、人生において想定外のことが起きても、冷静に対応できるヒントのようなものを探せるんじゃないですか。

 だからといって、自民党の女性議員たちみたく研修という名の観光じゃダメ(笑)。ほんの2、3日フランスに行ったからといって、彼女らの見識は深まってないでしょう。別にエッフェル塔は悪くないけども、あんなもん見たって何の勉強にもならないし、知識も身につかないですよ。せっかくフランスに行ったのだから、フランス革命の歴史でも勉強してもらいたいもんです」

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プロフィール

佐々木徹

佐々木徹(ささき・とおる)

ライター。週刊誌等でプロレス、音楽の記事を主に執筆。特撮ヒーローもの、格闘技などに詳しい。著書に『週刊プレイボーイのプロレス』(辰巳出版)、『完全解説 ウルトラマン不滅の10大決戦』(古谷敏・やくみつる両氏との共著、集英社新書)などがある。

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ラクに生きられる方法はわかっている。でも、できない。そこが私と紋次郎は同じなんですよ