韓国カルチャー 隣人の素顔と現在 第3回

実は大人たちの成長物語 ?ドラマ『マイ・ディア・ミスター~私のおじさん~』

私の大好きな韓国人、後渓洞の人たち
伊東順子

6,後渓洞の人々

 

 後渓洞 という街について書いてきたので、次はそこで暮らす人々を紹介したいと思う。

 韓国で暮らしたことがあったり、韓国人の友だちがいる人なら、「こういう人いるよね」と苦笑してしまうような、はっきり言って韓国人あるあるの集合体、それが 後渓洞の人々だ。不器用だけど、心優しい人々。照れ屋で、自分の気持ちを正直に言えない。一言多い人と、一言足りない人たちばかりだから、いつもすれ違ってしまう。

 

パク・ドンフン(45)  イ・ソンギュン

 大手建設会社の部長。優秀な技術者だが、一言足りないタイプの典型。無口で自分の気持ちを抑えてばかり。演じるイ・ソンギュンは、映画『パラサイト』ではダンディな役柄だったが、今回はどちらかといえば残念なタイプを演じている。

 第2話で、会長が部下から彼の名前を聞いて、「ああ、あのちょっと『オグラゲ センギン サラム』」と言う場面がある。これは日本語にするのは難しく、直訳すると「俺は悔しいと言っているような顔」ということで思わず吹いてしまった。悪く意訳すれば「貧乏くじを引いたような顔」というようなニュアンスである。しかし、こんなのどうやって日本語字幕にするのだろう?と勝手に悩んでしまったのだが、日本での配信を見たら「人のよさそうな…」となっていて、なるほどその訳語があったのかと感心した。お見事。

 私は翻訳の仕事をしていることもあり、ドラマの字幕を見ると感心することが多い。文字数の制限はあるし、書籍のような訳注をつけることもできない。日本語にないような微妙なニュアンスを短い言葉に置き換えていくのは本当に大変だと思う。

 

イ・ジアン(21歳)  IU

 ドンフンの会社の派遣社員。幼い頃に親を失い、働きながら障害のある祖母の世話をしてきた。韓国では彼女のような存在を「少年少女家長」といい、ドラマ内でもその言葉が出てくる。

 イ・ジアンは褒められたことのない子だった。そんな彼女にドンフンが言った「チャッカダ」という言葉は、閉ざされていた彼女の心を開く一言となった。チャッカダとは「素直で善い人」みたいな意味だが、主に大人が子どもを褒める時に使う言葉だ。幼い子なら「お利口だね」、もう少し大きい子なら「おまえ、えらいな」みたいな。この言葉がどれだけジアンの慰めとなったか、おそらくドンフン自身も気づいていない。

 演じるのは、Kpopスターとして日本にも熱烈なファンをもつ IU。もともと役者としての演技力にも定評があったが、このドラマでの彼女は本当にすごかった。自身が演出する初韓国映画『ベイビー・ブローカー』に彼女をキャスティングした是枝裕和監督も、インタビューでこのドラマでのIUについて語っていた。

 

パク・サンフン(49)  パク・ホサン

 ドンフンの兄。三兄弟の長男であり、かつては成績も優秀で一流企業に勤めていたのだが、今は無職で借金まみれ。当然ながら妻とは険悪、借金取りから逃げるように実家にころがりこんでいる。リストラ年齢の早い韓国では、早期退職者の中には退職金を元手に起業をする人も多いが、皆が成功するわけではない。事業に失敗して借金地獄というのは、それもまた高学歴中高年ニートのリアルな現実だ。

 

パク・ギフン(42)  ソン・セビョク

 ドンフンの弟。20歳の時に作った短編映画がカンヌ映画祭に進出。期待される新人映画監督だったのだが鳴かず飛ばず。長編デビュー用に準備していた渾身のシナリオは、先輩監督が映画化することになり、その助監督を500万ウォンでやれと言われてキレてしまう。血の気が多くて喧嘩っ早い。

 演じるソン・セビョクは舞台俳優出身で、映画でも演技派として注目されてきたが、ドラマは本作が初出演。

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プロフィール

伊東順子

ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。

 

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