韓国カルチャー 隣人の素顔と現在 第3回

実は大人たちの成長物語 ?ドラマ『マイ・ディア・ミスター~私のおじさん~』

私の大好きな韓国人、後渓洞の人たち
伊東順子

2,主人公は「おじさん」(アジョシ)

 

 人生の重みに苦しみながら生きる「おじさん三兄弟」と、恵まれない環境で傷つきながら育った一人の若い女性が、お互いを通じて治癒されていく物語(NAVERのドラマ紹介)

 

 「おじさん三兄弟」というのは主人公である大手建設会社勤めのパク・ドンフン部長(45歳)と、その兄弟のことである。三人とも高学歴なのだが、兄サンフンは長期失業中で借金まみれ、弟ギフンは売れない映画監督と、まるでどこかで聞いたことのあるような人々だ。全くイケていない三兄弟の中で唯一の期待の星であるドンフンなのだが、なぜか彼らの母親は夢見るニートの息子たちよりも、この真面目な次男を一番心配している。

 そのドンフンの会社にやってきた派遣社員イ・ジアン(21歳)は、小学校低学年の頃に両親を亡くし、障害のある祖母と暮らしてきた。いわゆる「ヤングケアラー」なのだが、彼女をとりまく荒んだ環境は、三兄弟とは対照的に韓国社会では可視化されていない。

 ドンフンとジアンは偶然ながら、「後渓洞」という同じ街の住民だった。

 ドンフンの会社がある江南から漢江を渡った江北エリアにあるその街には、彼と弁護士の妻が暮らすマンションがあり、母親と兄弟が暮らす実家があり、またイ・ジアンと祖母が暮らすサントンネもある。サントンネについては後でもふれるが、サントンネのサンは山、つまり「山の街」という意味だ。東京の「山の手」などとは逆に、韓国では貧困エリアを表す言葉である。住居で表現される韓国の階層イメージは、このドラマでも前提として用いられている。

 

 ジアンはドンフンを「アジョシ」(おじさん)と呼ぶ。

 「アジョシ」という言葉は、韓国で暮らすことがあれば、真っ先に覚える単語の一つだろう。下宿のアジョシ、不動産屋のアジョシ、クリーニング屋のアジョシ等々……、韓国の街はアジョシにあふれている。しかし、会社の上司は「アジョシ」ではない。

 「アジョシではなく、部長さんだよ」

 社会人1年生のジアンに、ドンフンがそう諭すシーンは印象的だ。

 アジョシの意味は日本語の「おじさん」とほぼ同じである。使われ方は大阪の「おっちゃん」に近いかもしれない、と思ったこともあるけれど、映画『アジョシ』のウォンビンのような「若くてカッコいいアジョシ」もいる。冒頭に書いたように「私のおじさん」というタイトルに不純なものを感じたという人も多いそうだから、韓国のアジョシはおっちゃんよりはもう少し広範囲に、「大人の男の人」全般を指す言葉ともいえる。

 いずれにしろ韓国でもアジョシという言葉そのものには性的意味合いは一切ない。ただ、冒頭で述べたように中年男性の性的蛮行が注目された時期だっただけに、早とちりの人たちは「派遣社員の若い女性と上司である部長の不適切な関係。しかも年齢差25歳!なんとけしからん」となってしまった。

 ちなみに韓国では年齢に「数え年」が使われことが多い。イ・ジアンの21歳も数え年だとしたら、満年齢では19か20歳。ちょうど成人を迎える年である。ドラマでは飲酒シーンがあることから満20歳になった後と見るのが妥当だが、つまり法的には「成人」になってはいるが、これから「大人」になっていく年齢といえる。

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プロフィール

伊東順子

ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。

 

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