韓国カルチャー 隣人の素顔と現在 第3回

実は大人たちの成長物語 ?ドラマ『マイ・ディア・ミスター~私のおじさん~』

私の大好きな韓国人、後渓洞の人たち
伊東順子

ビョン・ユスン(73歳) コ・ドゥシム

 三兄弟の母親。儒教的な価値観が強かった韓国社会で、男の子を続けて3人も生み、全員が一流大学に進学。誰もが羨む「韓国の母」だったのが、気がついてみたら息子たちが家でゴロゴロ。ため息ばかりの日々だ。韓国で母親は子どもが何歳になっても母親。それはいいのだが、この家では息子たちが何歳になっても子どものまま。名優コ・ドゥシムの安定の母親役に、ドンフンことイ・ソンギュンは、亡くなった自分の母親を思い出したという。

 

チェ・ユラ (30代半ば) クォン・ナラ

 ギフンの初長編映画の主役だった。美しいが演技が下手というトラウマに苦しんでいる。しかし、この役のクォン・ナラはユーモアたっぷりの名演技。2年後の『梨泰院クラス』のスア役とは全く違う、完全な「後渓洞キャラ」を演じている。

 

ジョンヒ(45歳) オ・ナラ

 三兄弟や街の友人たちのたまり場、「ジョンヒの店」という飲み屋のオーナー。ジョンヒが登場するのは第4話からだが、そこからドラマそのものが徐々に躍動感をもっていく。さっぱりした性格で人生を楽しんでいるように見えるのだが、心の中はとても寂しい。周りに気を使って、いつも元気なふりをしている人は、韓国にも多いような気がする。同級生だったドンフンは、そのことを知っている。

 

ギョムドク(45歳) パク・ヘジュン

 ドンフンの親友。成績も優秀で、高校時代はドンフンとはトップ争いをしていた。名門大学に進んだのだが、周囲の期待も、友人も、恋人も、全て捨てて出家してしまった。ドラマの中では、剃髪する彼をドンフンが見守るシーンを出てくるが、ここは非常に胸が痛い。ドラマ『賢い医師生活』の医師の一人は神父になりたいと真剣に悩んでいたが、韓国には若くして仏門に入る人々もまたいるのである。

 

 このドラマは人間関係が中心のヒューマンドラマである。孤独なジアンに対して、ドンフンの人間関係は豊かだ。しかし、みんながみんな「タプタプハダ」。この韓国語を日本語にするのが難しい。辞書的には「じれったい」「イライラする」「息苦しい」という言葉になるのだが、ここでは「見ているほうが、やきもきする」というようなニュアンスだ。三兄弟をはじめ後渓洞の人々は、みんな人間関係に不器用すぎてやるせない気持ちになる。

 思ったことを言えない人たち。周りに気を使い、気分を害してはいけないと、じっと我慢する人たち。そして、ふといなくなる人たち。

 「それは日本人のことじゃない?」「 韓国人はもっと率直でストレートじゃないのか?」と言われるかもしれないが、そんなことは決してない。

 他のことはともかく、彼らは人間関係についてはとても気を使うし、実はシャイな人が多いのだ。ドンフンのように自分の気持ちを抑え込む人もいるし、感謝や謝罪の言葉もなかなか言えない人もいる。おそらく、どこの国でも、人々は自分の気持ちを抑えて生きている。人間とはそういうものだろう。

 ただこのドラマに限れば、家族愛については激しすぎるものがあるのに、恋愛関係はおそろしく抑制的だ。なかでも切ないのはジョンヒの恋。背景に「百万本のバラ」が流れるのだが、個人的には90年代末の大ヒット曲、キム・ジョンファンの「存在の理由」を思い出す。ドラマの時代設定は撮影当時の2017年頃だから、彼女が20年前を回想するシーンの歌にはぴったりはまる。たた個人的には、ちょっと男の勝手なロマンに酔いすぎかと、「おい、おまえら」と一列に並ばせて説教したい気分になる。

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プロフィール

伊東順子

ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。

 

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