7,印象的だったドラマのシーン
すでに時間を経過した作品でもあり、韓国でも日本でも検索すれば素晴らしい感想がどんどん出ている。いまさら付け加えることもないのだが、個人的に印象に残ったシーンを少しだけ書いておきたい。
第4話
サンフンに恥をかかせ、母親を悲しませたビルのオーナーに対して、ドンフンが殴り込みに行くシーン。日頃から無口で大人しいドンフンが……と驚いてしまうのだが、さらに彼はオーナーと激しい口論の途中で、なんとカバンの中から鈍器を取り出すのだ。これ以上はネタバレになるので書かないが、脚本と演出の巧さが光る。ドンフンの台詞に三豊百貨店が出てくる。「おまえらのようなビルのオーナーがいるから、三豊のような事故が起きたんだ」
日本語字幕では「ビル倒壊」として、具体的な事故名は省略されているが、これは1995年に起きた三豊百貨店の 崩壊事故のことである 。500名余りの犠牲者を出した大惨事は、前年度の聖水大橋崩落事故に続き、韓国の人々に大きなショックを与えた。崩壊の原因は建物の用途変更をはじめとした数々の不正、安全を軽視した施工主らの違法行為にあった。ドラマ内では詳しくは語られていないが、年齢から逆算すれば事故はドンフンが大学生の時であり、建築構造エンジニアという彼の選択には何らかの影響に与えた可能性もある。
第6話
後渓サッカー会(正式名称は「後渓早起きサッカー会」)は子どものチームと練習試合を行うのだが、試合終了後に仲間内で喧嘩をはじめて大乱闘になる。小学生の前で醜態をさらす「ダメな大人たち」なのだが、なかでもダメな三兄弟の長男サンフンは、通報でかけつけたパトカーから逃げる際に、金網にダウンジャケットを引っ掛けてしまう。
やぶれたジャケットからはみ出した羽毛が、まるで花吹雪のように周囲に広がっていく。その花吹雪の中を無言で歩いて行く、中年兄弟の後姿が渋い。
そうだ、悪いことは重なるものなのだ。人生うまくいかない時はある。儒教社会で長男という特権階級に生まれても、勉強ができて名門校を卒業しても、なにかのきっかけで人生は急降下してしまう。まさにサンフンの口癖である「サーっと急降下」。それでもユーモアを失わない長男サンフンは、愛すべきキャラクターだ。
第12話
残業を終えて、部署メンバーが地下鉄駅に向かって走るシーンがある。その中にはジアンの姿もあり、彼女も共に働く仲間になっていくのがわかる。終電ギリギリで猛然と走るメンバーだが、結局電車に飛び乗れるのはドンフンとジアンだけだ。妻に嫌がられながらも早起きサッカーを続けているドンフン、そしてジアンは履歴書の特技に「かけっこ」と書いていた。
その他にも 出家する友をドンフンが見つめるシーン、またジアンを苦しめる借金取りの喧嘩でドンフンが「いいか、俺は三兄弟だ」とタンカを切る場面もなども印象的だ。あるいはサンフンの夢である、三兄弟がサングラスをかけて高級車に乗って旅する空想のシーン。香港映画の見すぎなのが、かつての韓国の若者、今の中年男たちだ。
8,なんてことないさ、ファイト
誰が誰によって生かされているか。人はお互いに依存しあって生きている。主役のドンフンだけでなく、実はジョンヒのような存在がどれだけ多くの人を救っているか。そうした後渓洞の人々の中で、ジアンは人に対する信頼を取り戻していき、ドンフンもまた自分の生き方を見直していく。ドンフン自身もまた可哀そうな人だったことに気づく。
心に残る台詞が多い。ネットで検索すると、韓国でも日本でもいっぱい出てくる。大切にしたい言葉が多すぎるからと、放映から4年目にして台本集も発売された。事前予約だけで1万部を突破、しかも男性が半数以上ということでニュースにもなった。4月に韓国に戻ったのでさっそく最寄りの大型書店を訪ねてみたら、とても目立つ位置に2冊組の台本集が置かれていた。
私の好きな台詞はなんだろう? ここでは、韓国の記事でもっとも多く見かけた、ドンフンの台詞を1つあげておく。
「君が気にしなければ、みんなも気にしない。君が深刻だと思えば、他人もそう思う。何事も本人次第なんだ。過ぎたことはどうってことない。名前どおりに生きろ。いい名前なのに」(第10話から)
プロフィール
ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。