韓国カルチャー 隣人の素顔と現在 第3回

実は大人たちの成長物語 ?ドラマ『マイ・ディア・ミスター~私のおじさん~』

私の大好きな韓国人、後渓洞の人たち
伊東順子

3,大人(オルン)の意味

 

 このドラマが「大人の意味」を問うドラマであることは、その挿入歌のタイトル「オルン(大人)」からも明白である。

 成人=大人(オルン)ではないのは、日本も韓国も同じだ。日本では「大人」という言葉は「大人の男性」「大人の女性」みたいに洗練のニュアンスで使われることが多いが、韓国では社会的責任をともなった存在としての意味が大きい。韓国における「大人の意味」については、翻訳家の白香夏さんが挿入歌「オルン」をテーマに書かれたブログ記事を読んで、さすがだなと思った。後半の「オルンという単語は……」以下に言葉の説明がある。

 「対象年齢はミドルエイジ以上。尊敬に値する人格の持ち主で、目下のものや守るべきものを守る、責任を果たす、懐の深さを感じさせる、そんな文字通りの「立派な大人」を指してオルンと」

  https://paekhyangha.com/?p=57697#more-57697

 しかしながら現実社会では、年齢は立派だけど中身は大丈夫か? という人が、私を含めて多数なので困ったものだ。このドラマにもそんな「年齢だけのオルン」が大量に登場するのだが、それでも年下の誰かを見たときに自分の中の大人が発動して、それとともに自身も少し成長する。このドラマはイ・ジアンという若者の成長物語というよりも、実は大人たちの成長物語としての側面が強いのかもしれない。

 たとえば、ドンフンがジアンの祖母の施設入居手続きを手伝うシーンがある。福祉制度の利用方法を知らずに、いや制度そのものを知らずに一人で苦労してきたジアン。

 「そんなことも知らなかったのか」

 教えてくれる人がいないから知ることもできなかった。福祉が必要な人が福祉につながっていないのは、韓国も日本も同じだ。

 この時のドンフンといえば、会社の権力抗争と妻との関係でズタボロ状態。それでもジアンの手伝いをすることで少しずつ自信を取り戻していく。「気の毒な子を救ってあげたい」「自分はこの子に比べたら恵まれている」――という気持ちとはまた違う、同情ではなく責任、「大人としての社会的責任」である。社会には大人だからできること、すべきことがある。

 

 名作といわれるドラマだが、スタートの1話と2話あたりは、楽しい予感のするドラマではない。サラリーマン社会の権力争いや不倫といった、定番の陰惨な話題が続く。しかも主役の二人は「無口」であり、特にIUが演じる派遣社員イ・ジアンの暗さはぞっとするほどだ。

 「ちょっと、つらすぎて」と、2話で見るのをやめてしまったという人の気持ちもわかる。ただ4話ぐらいからドラマの人間関係が一気に広がり、6話からの逆転劇が始まるともう止まらなくなる。最終的には序盤の伏線が明らかになることで、2周目の楽しみができる。

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プロフィール

伊東順子

ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。

 

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