4, 後渓洞はどこにある?
「タイトルはいっそのこと 『フゲドン サラムドゥリ(後渓洞の人々)』にすればよかった。そうすれば無用な誤解もなかったのに」
韓国の人の感想を聞いて、なるほどと思った。このドラマの舞台は大きくは2ヶ所であり、1ヶ所はドンフンとジアンが働く江南の会社、もう1ヶ所は二人の家がある後渓洞という街だ。2ヶ所は漢江とはさんでソウルの南と北に分かれており、これは文字通りソウル市内の南北問題を象徴している。
「ついに江南に進出かい?」
ドラマ内で、後渓洞 の人々は冗談半分にそんなことも言ってはみるが、実際のところ彼らはめちゃくちゃ地元愛が強い。街には「ジョンヒの店」という飲み屋があり、みんなのたまり場になっている。ジョンヒはドンフンの同級生であり、学校や地域のつながりの強さが郷愁を誘う。
「ファンタジーですよね。もうソウルにあんな街はない」
行きつけの店があって、幼い頃からの友人やサッカーをしていた仲間がいる。このイメージは日本人、特に地方出身者にもわかりやすい。私の実家がある街にもそんな店があって、行けば常連たちが集まっている。それはたしかに2018年当時のソウルでは、すでにファンタジーだったかもしれない。その思いは新型コロナのパンデミック下でさらに加速する。会社はリモートになり、飲み屋は営業制限の対象になり、リアルに人々がつながる場の多くが失われてしまった。
実際、「後渓洞」は架空の街である。
ただイメージ的にはソウルの北東部、4号線のどこかの駅のような感覚だ。というのも、そこには上渓洞、中渓洞、下渓洞があるから、ふと「後渓洞」もあったような気がしてくる。その周辺にはいわゆる「下町」があり、ジョンヒの店のような飲み屋も、母親と兄弟が住むような庶民的な家も、そしてジアンが住むようなサントンネがあっても不思議ではない。
でも残念ながら、ジョンヒの店も、 母親の家も、サントンネもすべてロケ地はバラバラである。ジョンヒの店とジアンが暮らすサントンネに関しては、実際の所在地はソウル市内ではなく隣の仁川市である。
ドンフンの実家の建物はソウル市内の麻浦区に実在するのだが、周辺は高層ビルに囲まれており、下町としての雰囲気は失われている。近年の地価の高騰からすれば、おそらく再開発は避けられない。何年かすれば、ドラマの中にだけ存在する建物になってしまうのだろう。
風景はつぎはぎなのだが、まるでひとつの街のように感じる。
『イカゲーム』を見た人なら、幼い頃に暮らした街が再現されるシーンを覚えているかもしれない。あのドラマも失われた街に対する郷愁が強いドラマだった。ちなみに『イカゲーム』の主人公ギフンの育った「双門洞」はソウル市内に実在しており、市場シーンのロケもそこで行われた。
架空の街 「後渓洞」の中でも、印象的なのは踏切だ。この踏切は麻浦区の隣の龍山区にある。
かつては韓国でも各地に踏切のある風景があったのだが、最近はとても希少なものになってきた。弘大入口にある「歩きたくなる街」にも、2000年代初頭までは京畿線の踏切があり、その近くには安くて美味しい焼肉屋さんが並んでいた。今も「チョルキル(鉄道)」という名前を冠したカルビサルの食堂は健在である。また、第一次韓流ブームと言われた時代にしきりに日本人観光客が訪れた釜山海雲台の尾浦踏切も今はなくなってしまった。
韓国で踏切の音は「テンテン」といい、周辺の街は「テンテン通り」とも言われた。その響きを懐かしむ人は多いが、国の政策としては全廃の方向にある。
プロフィール
ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。