130年目の映画革命 第5回

『カモン カモン』に込められた「切実な願い」を読み取る

宇野維正

トーマス・エジソンが「個人のための映像視聴装置」であるキネトスコープを発明してから130年余り。NetflixやAmazonがもたらした構造変化、テレビシリーズを質と量ともにリードし続けるHBO、覇権を握るディズニーのディズニープラスへの業態移行。長引く新型コロナウイルスの影響によって「劇場での鑑賞」から「自宅での個人視聴」の動きがさらに加速する中、その誕生以来最大の転換期を迎えた「映画」というアートフォーム。その最前線を、映画ジャーナリスト宇野維正が「新作の映画批評」を通してリアルタイムで詳らかにしていく連載「130年目の映画革命」。第5回は、『人生はビギナーズ』(2010年)や『20センチュリー・ウーマン』(2016年)などこれまでもパーソナルな題材をもとに秀作を作り続けてきたマイク・ミルズ監督の新作『カモン カモン』。『ジョーカー』(2019年)でアカデミー主演男優賞を受賞したホアキン・フェニックスが、その次作として選んだ作品としても注目されている本作。そこに込められた作り手たちのメッセージとは?

 

 

「この時代に、自分のようなストレートの裕福な白人の中年男性が主人公の映画を撮っても、誰からも相手にされないからね」。2017年に日本公開された『20センチュリー・ウーマン』のタイミングでおこなったインタビューで、マイク・ミルズはそう語った。同作が北米で公開されたのは2016年12月。製作時期としてはちょうどブラックス・ライブズ・マターのムーブメントが最初のピークを迎えていた頃で、まだ#MeTooのムーブメントは本格化する前だったが、ミルズは時代の大きな変化を敏感に、そして正確に感じ取っていた。日本人のジャーナリストが相手ということでガードが緩んでいたのかもしれないが、ため息混じりで発せられたそのミもフタもない実感のこもった言葉の重みを、自分は今でも忘れることができない。

 

 確かに、スーパーヒーロー映画やアクション映画は別として(いや、もはやそれらさえ別ではないが)、近年、映画の中では白人男性が中心的な存在として描かれることが減っている。特にミルズが属しているようなアートハウス系映画の世界では、半自伝的、私小説的、自己言及的な作品が長年大きな幅を利かせてきたわけで、それは映画作家の存在意義に直結するような事態なのだろう。ポリティカル・コレクトネスが進行し、作品の内外でそれまでの人種やジェンダーのバイアスが是正されていく中で(もちろんそれ自体は「正しい」ことだ)、映画界においてこれまで主流を占めてきた「ストレートの白人中年男性」は、自身のアイデンティティを見つめ直す必要に迫られている。

 

 ミルズは一貫して半自伝的な作品を撮り続けてきた作家だ。長編デビュー作『サムサッカー』はウォルター・キルンの原作に自身の幼少期の経験を折り込んだ作品、『人生はビギナーズ』は母親に先立たれた後にゲイであることをカミングアウトした父親と自分の関係についての作品、『20センチュリー・ウーマン』はティーンの頃に自分を「育てて」くれた母親、姉、ガールフレンドをはじめとする女性たちを描いた作品だった。つまり、「パーソナルな作品」を作り続けながらも、巧妙に「ストレートの白人中年男性」としての自分自身に焦点を当てることは避けてきたわけだ。

 

 ラジオでフリーランスのジャーナリストをしている『カモン カモン』の主人公ジョニーは、40代の白人中年男性。本作で描かれた甥との共同生活には、ミルズが子育てをしてきた過程で体験したことが随所に反映されているという。つまり、5年前に「ストレートの裕福な白人の中年男性が主人公の映画を撮っても、誰からも相手にされない」と語っていたミルズは、本作で初めて「ストレートの白人中年男性」を作品の中心に据えたのだ。

 

 

 そんな「ストレートの白人中年男性」であるジョニーを演じているのが、あのホアキン・フェニックスであることも示唆に富んでいる。それまで積み上げてきた役者としてのキャリアを賭け金にして挑んだ『容疑者、ホアキン・フェニックス』(2010年)で、リアリティショーとフェイクニュースの時代をいち早く体現してみせたフェニックスは、2010年代を通じてその世代における最高の怪優としての地位を確立した。そして臨んだのが、「ストレートの白人中年男性」の負の側面を凝縮したインセル(不本意な禁欲主義者)の象徴となって、のちに悪質なフォロワーが続出したことで社会問題にもなった『ジョーカー』(2019年)だった。『ジョーカー』はフェニックスに初のアカデミー主演男優賞をもたらしたわけだが、監督のトッド・フィリップスともども、作品のファンからもワーナーからも熱望されている続編製作に対して慎重な姿勢を崩していないのは、それだけあのキャラクターが監督や演者にとって PTSDにも似た精神的影響をもたらすものだからなのではないか。

 

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130年目の映画革命

トーマス・エジソンが「個人のための映像視聴装置」であるキネトスコープを発明してから2021年で130年。NetflixやAmazonがもたらした構造変化、テレビシリーズを質と量ともにリードし続けるHBO、ハリウッドの覇権を握るディズニーのディズニープラスへの軸足の移行。長引く新型コロナウイルスの影響によって「劇場での鑑賞」から「自宅での個人視聴」の動きがさらに加速する中、誕生以来最大の転換期に入った「映画」というアートフォーム。その最前線を、映画ジャーナリスト宇野維正が「新作映画の批評」を通してリアルタイムで詳らかにしていく。

プロフィール

宇野維正

1970年、東京都生まれ。映画・音楽ジャーナリスト。音楽誌、映画誌、サッカー誌の編集部を経て、2008年に独立。著書に『1998年の宇多田ヒカル』(新潮社)、『くるりのこと』(共著:くるり、新潮社)、『小沢健二の帰還』(岩波書店)、『日本代表とMr.Children』(共著:レジ―、ソルメディア)、『2010’s』(共著:田中宗一郎、新潮社)。

 
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