ゴツゴツの石から戦国時代のドラマが喚起される
平泉寺を一気に衰退させた1574年の一向一揆には、当時、越前国を支配していた朝倉氏と信長の勢力争いがからんでいました。
1467年の応仁の乱以降、朝倉氏の拠点である一乗谷には、朝倉氏の庇護を受けるために京都から文化人や職人が流れ、「北の京」と呼ばれるようになり、十六世紀前半には一万人規模の城下町となっていました。朝倉氏最後の大名である朝倉義景(1533-1573)は文化に通じて茶を好み、屋敷内には数々の石庭の傑作を作らせました。戦国大名らしく軍事にも意欲的で、足利家最後の将軍である義昭を一乗谷の城館に招いて、義昭の将軍復権を目論んだり、武田信玄と同盟を結んだりしつつ、信長と戦っていました。1570年の「姉川の戦い」の後に義景が比叡山に立てこもった際、比叡山は義景を庇います。それによって、比叡山が信長の敵となりました。
義景の生涯は華やかなものでしたが、最終的な武運には恵まれず、1573年に親戚の朝倉景鏡の裏切りもあり、信長に敗れて自害します。その後、一向一揆に巻き込まれた景鏡が平泉寺に逃げ込んだことから、平泉寺は一揆の標的になりました。このように義景と景鏡は戦国時代の二大寺院(延暦寺と平泉寺)の焼き討ちという歴史の節目に関わっています。一乗谷は1573年に織田軍に攻められた時にすべて焼き尽くされ、朝倉氏が滅ぶとともに、栄華を誇った城館と城下町は歴史から姿を消すことになりました。
一乗谷の焼き討ちから約四百年後の1967年、一乗谷で発掘作業が行われ、土の下に眠っていた城と城下町の跡が発見されました。その城館跡が現在では「一乗谷朝倉氏遺跡」として整備されています。
一乗谷はその名の通り、両側を小高い山に囲まれた南北に細長い谷地で、中央を流れる一乗谷川の東側が城館、西側が城下町のあった区域です。一乗谷は「日本のポンペイ」と呼ばれ、それらがほぼ原型のまま発掘されており、山城を設けた城館側では、敷地に十五か所もあった石庭も見つかりました。京都にある室町時代の庭園は、後の時代にいろいろと手が加わったことで、原型とは違いが見られます。しかし、この遺跡にある石庭は原型を保った状態で残っています。
中でも私は、丘の上にある「湯殿跡庭園」と「諏訪館跡庭園」の二か所に高い芸術性を感じ、心惹かれました。湯殿跡庭園の作庭年代は、はっきりしていませんが、ゴツゴツした石に力強さが感じられ、原始的な味わいのある枯山水になっています。これは城館が建てられた十五世紀ごろに作られたものかもしれません。
一方、諏訪館跡庭園は桃山時代の優美さを感じさせることから、十六世紀に朝倉義景本人が設計したものだと推測されています。
二つの石庭は、京都の苔寺(西芳寺)の高台にある石庭にも似ていますが、私は前著『ニッポン巡礼』で訪れた、山口市にある「常栄寺」の雪舟庭を真っ先に思い出しました。山が屹立する山水画の風景に見立てて、尖ったラフな石を庭に立てるのは、この時代特有の作庭の嗜好です。
室町の庭には浄土と禅の思想が含まれていますが、何よりも特徴的なものは「墨絵」です。当時の襖絵、屏風、掛軸の山水画は山や湖を描きながら、実はかなり非写実的な絵画でした。当時の水墨画家は、書道から生まれたインパクトの強い線や、薄いインクウォッシュでのぼかしなど、筆と刷毛の多様な技術を駆使しながら、自然風景をテーマにした想像画を白い紙に描きました。これは同時代のイタリアンバロックの壁画と通じるところがありました。すなわち、演劇性です。線の勢いや墨、絵具の濃淡などで見る人を驚かし、絵の中に人を引き込み、仙人の世界、天上の世界へと心を飛ばせていきます。
室町中期から寺院や武将の屋敷では、本来は壁に掛けてあった墨絵を外の庭に見立てる様式が生まれました。池があればその水が、池がなければ白砂が「台紙」となり、その上に「黒墨」といえる奇形な石を施して、できるだけドラマ性をもった刺激的な作品を作り上げたのです。こうして、二次元の墨絵が三次元の庭になりました。
江戸時代になると庭の性質が変わり、刺激を与えるより、心を静穏に保つことが主流となりました。その結果、庭の絵画性は薄れて抽象的になり、一種のデザインオブジェに変わっていきました。それはそれで面白味がありますが、私自身は室町の「演劇墨絵」の庭が頂点だと思っています。諏訪館跡の庭を眺めていると、屏風や襖に描かれた墨絵が目に浮かび、ゴツゴツの石から戦国時代のドラマが喚起されます。
この遺跡にはもう一つ、魅力的な「庭」がありました。それは一乗谷川沿いの風景です。川辺の石組みは発掘整備に伴い新しく作られたものですが、日本各地で見られるコンクリートのU型水路ではなく、自然の状態のままに残っています。河原にはヨシが生え、ゆるやかに小川が流れるさまを見ると、この整備に関わった方々の志の高さを感じて、感謝の念がわきあがってきます。ここには義景の庭園に見劣りしない景色があると思いました。
(つづく)
構成・清野由美 撮影・大島淳之
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