ディープ・ニッポン 第20回

徳島(4)

アレックス・カー

 徳島県は日本一農村舞台が多いといわれています。人形浄瑠璃が栄えた大阪と淡路島が近いこともあり、徳島でも江戸時代から人気を博し「阿波人形浄瑠璃」として独特な形に発展していきました。

 その歴史にふさわしく、徳島では驚くほど多くの農村舞台が各地に作られています。近世芸能の研究者、角田一郎氏が1967年に行った農村舞台の全国調査では、徳島県内だけで二百八棟が確認されており、その数は現存する全国の人形芝居小屋の九割以上を占めていたとのことです。

 しかしその後は激減し、2013年には半数以下になりました。一時期は実際に芝居が行われている舞台は三、四カ所だけでしたが、近年はまた十数カ所まで増えています。かろうじて形だけ残しているような舞台もありますが、徳島県内の神社の境内では、いまも多くの舞台小屋を見ることができます。

 1970年代に私が祖谷いや通いを始めたころ、浄瑠璃の趣旨は奥地にまで浸透し、祖谷でも人形芝居抜きの語りや三味線の伴奏だけの「浪曲」が流行っていました。私は夜な夜な隣の尾茂おもさんの家を訪ねては「阿波の鳴門の十郎兵衛」という浪曲のレコードを聴かせてもらっていました。

 祖谷には現在、農村舞台が二カ所残っています。そのうちの一つ「後山うしろやま農村舞台」では05年から芝居が復活しています。ここでは「ふすまからくり」という特殊な演劇形態を観ることができます。これは襖を主役にしたもので、人間も人形も登場しないという、世界を見渡しても似たものがない珍しい演出です。昔は旅芸人の人形師や義太夫(浄瑠璃の語り手)が祖谷の奥地までやって来ることはほとんどなかったため、襖が主役となったのです。

 舞台の上で襖は左右に開くだけでなく、上下、時には斜めに傾いた状態で回転したり、下側半分がめくれ上がったりします。ワイヤーを使った巧みな仕掛けで前後と表裏が次々と入れ替わり、別の絵柄が現れるというからくりを観客は楽しみます。

 襖からくりをはじめて見た時、私はその洗練された演出方法に目を見張りました。それらの工夫が不便な田舎にあって、襖からくりの「からくり」がさらに発展したところに、歌舞伎の周り舞台、セリ、花道に通じる面白さがあります。演劇好きな日本人は、ソフト面としての芝居のストーリーと役者の演技に興味を持ちながら、ハード面としての舞台の仕組みそのものに奇妙な技術を取り入れ、それも演劇の大事な一部として楽しんでいました。

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ディープ・ニッポン

オーバーツーリズムの喧騒から離れて──。定番観光地の「奥」には、ディープな自然と文化がひっそりと残されている。『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』のアレックス・カーによる、決定版日本紀行!

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プロフィール

アレックス・カー
東洋文化研究者。1952年、米国生まれ。77年から京都府亀岡市に居を構え、書や古典演劇、古美術など日本文化の研究に励む。景観と古民家再生のコンサルティングも行い、徳島県祖谷、長崎県小値賀島などで滞在型観光事業や宿泊施設のプロデュースを手がける。著書に『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』(ともに集英社新書)、『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『観光亡国論』(清野由美と共著、中公新書ラクレ)など。
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