両校初優勝をかけた決勝戦は2022年大会の象徴?
このように戦略や戦術で勝ち上がってきた両校が相対した決勝戦。この試合は、まさに2022年の夏の甲子園を象徴するようなプレーが勝敗をわけた。
仙台育英の先発は斎藤蓉、下関国際は古賀ではじまったこの試合は、4回裏に仙台育英打線は古賀を攻め立てて4番の斎藤陽のタイムリーで先制する。
5回表に下関国際は斎藤蓉から四球と短打でチャンスを広げて、バッターは8番の古賀を迎える。しかし、ここで古賀は痛恨のバントミス。続く橋爪は併殺打に終わり、下関国際の勢いはここで止まった。
この夏は、各都道府県の予選からバントミスが目立ったが、この試合も大事な場面で、バントミスでチャンスを潰す形になった。これまで下関国際はバントなどの攻撃ミスがなかったが、この大一番でミスに泣かされた。悪い流れをそのままに、下関国際は5回裏に追加点を奪われてしまう。
一方、5回表のピンチを切り抜けた仙台育英の斎藤蓉は6回表に1点を失うものの、今大会の仙台育英投手陣では初めて100球を投げ切り7回まで試合を作った。
さらに7回裏にダメ押しとなる岩崎生弥の満塁ホームランが飛び出し勝利を引き寄せた。ちなみにこのホームランは、今大会の仙台育英で初めてのホームランだった。
最後は、仙台育英投手陣で一番安定していた高橋煌稀が締めてゲームセット。東北勢として悲願の初優勝を飾った。
この試合は、投手の継投策や投手の枚数の差、そしてバントの正確性を確実にできるかが、勝敗を分けた。
仙台育英は、決勝戦こそ先発の斎藤蓉が100球投げたものの、準決勝までは負担がかからず、投手全員が力を出し切れる運用だった。このように、ショートスターター型の投手が、行けるところまで投げられる投手を4〜5人育成して用意することが、今後の高校野球のトレンドになるだろう。
細かい継投策の仙台育英とオーソドックスな下関国際から見る投手継投のトレンド
前述の通り、今大会の仙台育英は5人の投手をベンチ入りさせ、投手陣の1人あたりの球数を1試合につき多くても80球前後に制限した。これまでの高校野球の継投策は、エースと2番手が1試合ごとで交互に投げたり、1試合で2人の投手が投げることが主流だった。しかし、仙台育英は1人の投手が短いイニングを少ない球数で抑え、次々にピッチャーを変えていく継投策で決勝に進んだ。多くの高校は短いイニングですら試合を作れずに投手を変えてしまうところが多いなか、ここまでバランスよく投げさせながら失点を防ぐ起用法を構築させたことは非常に画期的である。
高校野球のレベルでは、強豪校となると2巡目以降で投手の球筋に合わせてくるが、細かい継投によって相手打線の「慣れ」を防ぐこともできる。また愛工大名電戦のように、1人の投手の調子が良ければ5イニング投げさせるときがあるなど、バリエーション豊かな起用法が生まれる。仙台育英以外の学校でも同様の戦略が取られており、國學院栃木も4人の投手に投げさせる細かい継投策で、智弁和歌山の強力打線をわずか3点に抑えた。4~5人の選手を投げさせる戦略が主流化する兆しはすでに見えはじめている。
もちろん、この継投策にもデメリットはある。それは投手が実戦や練習から短いイニングと少ない球数を意識して投げることになるため、長いイニングを投げることが困難になることだ。また、仮に高校野球で短いイニングが主流化すると、将来的に大学野球やプロ野球で先発投手として長いイニングを投げられる投手が減る可能性もある。他のスポーツの例にはなるが、陸上競技の世界では箱根駅伝がマラソンよりも人気になったために、ほとんど大学の長距離走の選手は駅伝を念頭において練習するようになった結果フルマラソンで活躍できる選手がなかなか出てこなくなったとよく言われるが、野球でも同様のことが起こる可能性がある。実際、先発から中継ぎ・抑えに回ると活躍するケースは多いが、中継ぎや抑えから先発に転向するケースは少ない。ショートイニングは高校野球を勝ち抜く戦略としては有効かもしれないが、選手の将来性をつぶすことになりかねない危険性を含んでいる。
一方、下関国際の継投策は先発と抑えの2人で勝ち上がるという戦略だった。
このパターンは、2017年に清水達也(現・中日ドラゴンズ)と綱脇慧(現・ENEOS)という二人の投手を擁して、夏制覇した花咲徳栄と似ている。この時の花咲徳栄はエース級の実力があった清水をリリーフとして起用。清水は試合展開によっては早い回から登板し相手の流れを断ち切ったり、終盤の抑えとして登板するなど、臨機応変な起用に応えチームに優勝をもたらした。
プロ野球のクローザーのように、先発よりも打つことが困難な投手が後から出てくる方が、相手チームへの驚異になる。そのため、エース級の投手を後ろに持って来られるチームは、エースを先発させるチームよりも逆転負けが少なくなるというメリットもある。
ただし、このオーソドックスな継投にも、デメリットはある。それは、先発の調子次第では片方の投手に負担がかかることだ。先発投手が大会を通して試合を作れないピッチングが続くと、リリーフでマウンドに上がる投手に多大な負担がかかる。2006年の駒大苫小牧がまさにそうだった。田中将大をリリーフ待機させていた試合は4試合あったが、3試合で先制を許し、しかも4試合全てで田中が6イニング以上投げている。後から田中が投げることによって、ピンチを抑えられることや流れを引き寄せられるが、先発とエースの力の差がはっきりとしていることや水準以上のゲームメイク力がないと、ほとんど後から投げるエース頼みになる。今大会の下関国際の場合は、先発を任される古賀が初回は苦しむものの、ある程度ゲームメイクができる投手だったためリリーフの仲井に負担がかからなかった。そのことも下関国際が決勝に進むことができた要因だろう。
このように仙台育英と下関国際を見ると、球数制限によりさまざまな投手起用の形が顕在化するようになった反面、選手の負担軽減と選手の成長はトレードオフであり、また先発完投型の「甲子園の主人公」が生み出すような感動は生まれにくくなっていることがわかる。
筆者個人は2015年の東海大相模や2018年・2022年の大阪桐蔭のように、長いイニングを投げられる投手を複数育てながら先発ローテーションのように起用することで、選手の成長とチームとしての戦略を両立させるチームが増えてくると考えているが、いずれにせよ今後の高校野球は継投戦略がすぐれていたチームが上位に勝ち進むようになることは間違いないだろう。
(今回でこの連載は最終回です)
100年以上にわたり、日本のスポーツにおいてトップクラスの注目度を誇る高校野球。新しいスター選手の登場、胸を熱くする名勝負、ダークホースの快進撃、そして制度に対する是非まで、あらゆる側面において「世間の関心ごと」を生み出してきた。それゆえに、感情論や印象論で語られがちな高校野球を、野球著述家のゴジキ氏がデータや戦略・戦術論、組織論で読み解いていく連載「データで読み解く高校野球 2022」。3月に6回にわたってお届けしたセンバツ編に続いて、8月は「夏の甲子園」の戦い方について様々な側面から分析していく。
プロフィール
野球著述家。 「REAL SPORTS」「THE DIGEST(Slugger)」 「本がすき。」「文春野球」等で、巨人軍や国際大会、高校野球の内容を中心に100本以上のコラムを執筆している。週刊プレイボーイやスポーツ報知などメディア取材多数。Yahoo!ニュース公式コメンテーターも担当。著書に『巨人軍解体新書』(光文社新書)、『東京五輪2020 「侍ジャパン」で振り返る奇跡の大会』(インプレスICE新書)、『坂本勇人論』(インプレスICE新書)、『アンチデータベースボール データ至上主義を超えた未来の野球論』(カンゼン)。