腹から金玉 39歳、目が覚めたらオストメイト ep.03

ひとまず順調なのでストーマの話をする

2024年5月17日(金)の記録
かわむらまみ

ある日、いきなり大腸がんと診断され、オストメイトになった39歳のライターが綴る日々。笑いながら泣けて、泣きながら学べる新感覚の闘病エッセイ。

入院して早くも11日が経ちますが、おかげさまで術後の経過は順調です。早ければ週明け前半には退院できるらしく、来たるべき日に向けて、お腹にぶっ刺さったチューブを回診のついでに1日1本ずつひっこ抜かれています。やめて?

「先生って、なんていうか、その、荒々しくないですか……?」と、ガーゼ越しにお腹を押さえながら看護師さんに恨み言を吐くと「先生は、いつも患者さんが麻酔をされた状態で手術をしているから、たぶん、痛みをあんまり考えていないんだと思います」と苦笑いされて、すごく納得した。なるほど! わかったところで、嫌だな! でも、痛そ〜、なんていちいち思っていたら、いつまで経っても人のお腹は切れないもんね。

外科の先生が外科の先生たりうる無慈悲により、3本刺さっていたお腹のチューブも、残すところあと1本に。チューブはお腹に溜まった排液を抜くためのもので、手榴弾のような形をした手のひらサイズの透明なポリ容器に繋がっている。暇なので手榴弾の名称を調べてみたら「ドレナージポンプ」というらしい。ちなみにチューブの正式名称は「ドレーン」。世の中には、イメージはできるのに名前はわからないものがたくさんある。カレーのルーが入った魔法のランプのような銀色の器とか、どっちが句点でどっちが読点だったっけ……とか。2つ目はちょっと違うか。

とにかく、手術直後は2、3時間もすれば排液でパンパンになっていた手榴弾も、今では半日程度なら余裕で放置できるまでになった。これはきっと、身体が回復していると捉えてよいのだろう。今のわたしの装備は、お腹からチューブで繋がれた手榴弾を1つと、金玉、もといストーマを包む装具のみ。1週間前は、お腹のチューブに加えて、お尻のあたりにもチューブが2本刺さっていた。その頃に比べたら、だいぶ軽装備になったよなぁ。動きを制限するものが減るにつれて、物理的にも、足取りがどんどん軽くなる。リハビリを担当してくれている理学療法士さんにも「だいぶ歩けるようになりましたね!」と褒めてもらえるようになった。歩くだけで褒められるなんて、きっと38年くらいぶりの経験だろう。わたしは基本的に出不精なので、常日頃から「家から出るだけで褒められたい……」と思ってはいたものの、まさかこの歳になってドヤ顔で歩きながら「すごいすごい」と拍手してもらえる日が来ようとは、人生、何が起こるかわからない。

退院が現実的になるにつれて、その後の生活の解像度が高まっていく。けれど、がんのステージがわからないことには、肝心なところがぼやけたままだ。検査の結果は、いまだ出てくる気配がない。このままだと、退院してから結果が出て、転移の有無や正確なステージが判明し、それから抗がん剤治療が始まる流れになりそうだ。

抗がん剤って、もちろん過去に投与された経験はないけれど、副作用が強いイメージがどうしても先行してしまう。それを考えると、退院してから治療開始までが一番元気なのかもしれない。退院祝いの場を持ちかける友人からのLINEに「お茶もごはんも全然行けるよ! お酒もおっけー」と返信する。ただし、まだ脂ものは厳しいのと、食べるのが遅く、かつ少量しか食べられないため、どうしてもお店選びには制限がかかってしまいそうだけれども。

あとは、何よりストーマ。お腹にストーマがついている都合上、これからの暮らしのハードルは少なからず上がってしまうだろう。最近までオストメイトの意味すらわかっていなかったのに、人生(以下略)。

あらためて、おさらい。

  • ストーマ:人工肛門または人工膀胱
  • オストメイト:ストーマを造設している人

ってことね。わたしは人工肛門のほうのオストメイトなので、ストーマといえばどうしても人工肛門の話に偏ってしまうのはご容赦を。

その上で、ストーマについても簡単に説明しておきたいと思う。

多くの人の身体の構造において、何かを食べたら食道から胃、小腸、そして大腸を通って、肛門から排泄されるようになっているのは周知のとおり。一方のオストメイトは、小腸または大腸のどこかしらをちょん切られていて、その切られたところが排泄口、すなわち肛門の代わりとなっている。切られた腸の先は3〜5cmほどお腹から出ていて、それがストーマということだ。小腸、大腸のどちらを切るか、お腹のどのあたりに造設するかは、身体の状態によって異なるらしい。わたしのストーマは、おへその右下あたりからひょいと出ている。

わたしからすれば「ひょいと出ている」としか言いようがないけれど、厳密には、筋肉や脂肪、皮膚をぶち抜いて、腸の先を引っ張り出しているのだろう。見た目的には、ただ金玉がくっついているだけだ。ただし、その金玉はピンク色で、妙にぬめぬめしているけれど。ちなみに、切られたばかりの皮膚はともかく、腸自体は別に痛くもなんともない。腸には痛覚がないからだ。

ストーマを造設した位置によって、人工肛門は「コロストミー」「イレオストミー」、人工膀胱は「ウロストミー」と、それぞれ名称があるという。ただし、当事者や医療従事者以外でそこまで知っている人は少ないだろうし、取り立てて覚えておく必要もないと思う。正直なところ、わたしも自分がコロストミーなのかイレオストミーなのか、あまりよくわかっていない。聞いたはずだけれど、忘れた。わかったところで別にやることが変わるわけでもないし、看護師さんも「覚えなくても大丈夫ですよ」と言ってくれたような気がする。都合のいい夢じゃなければ。

あとは、造設位置以外にも「一時的ストーマ」「永久的ストーマ」と、ストーマを有する期間による分け方があることも知った。わたしの場合は、ダメージを負った大腸をしばらく休ませる目的でストーマが造設されているため、今のところ、ストーマはやがて閉鎖される定めにある。なので、わたしは「一時的ストーマのオストメイト」だ。なんらかの事情で小腸や大腸を切除した人は、肛門排泄に戻ることがないので必然的に永久的ストーマとなり、おもに身体障害者手帳の4級に該当する。一時的ストーマのオストメイトは、単にストーマを有する期間が短いだけで、身体機能の状態自体は永久的ストーマのオストメイトと変わらない。

つまり、一時的ストーマのオストメイトも、障害者に準ずる存在と捉えて差し支えないだろう。けれど、少なくともわたしは昔も今も、自分を健常者とも障害者とも思わない。わたしの鼻が悪いのは障害? 右足が左足より1cm短いのは? 妙に忘れっぽいのは? お腹から腸が出ているのは? 健常と障害はグラデーションだと思う。まあ、適切な支援の提供を判断するために、白黒つけなければならないときがあるのはわかるけれども。でもさ、それなら一時的ストーマにも障害者手帳、発行してほしいなぁ。ストーマ装具だってタダではないのだ。

というか、世間のストーマって、ミスドのポン・デ・リングで言うところの「1ポン」が一般的みたいなのですが、わたしのストーマ、なぜか「2ポン」ある。金玉エディション。1ポンは単孔式ストーマ、2ポンは双孔式ストーマというらしいけれど、正式名称よりも何よりも、わたしにとっては「お腹から金玉が生えている」という事実だけが重要だ。しかも、ストーマって動くんですよ。今もわたしのお腹の上でパウチに包まれながらふよふよと揺れていて、見れば見るほど、なんだこれ……と思ってしまいます。目の前で金玉に踊られたときにどういう感情を抱けばいいのか、わたしはこれまでの教育過程で学んでいない。いや、本当に、まじで何?

しかし、そんなふうに思ってはいけない。むしろ、消化器官であるはずのあなた方を外に引っ張り出したあげく、排泄まで担わせていることを、わたしはちゃんと謝るべき。嫌だよね。ごめんね。

せっかくなので金玉との共同生活も楽しみたいところですが、さて、どうしたものでしょう。手始めに、ストーマ装具を保護するカバーでも作ってボロ儲けしたい。装具のカバー、もちろんあるにはあるけれど、ほっこり系が多くてわたしはなんだか趣味じゃない。病気の関連グッズって、ピンクやら小花柄やらガーゼ素材やら、どうして「ほっこり」してしまうのだろう。わたしは、もっとスタイリッシュでモードなカバーが欲しい。優しさに包まれたくない。庇護すべき存在としてではなく、対等に扱われたいと願うのは浅はかだろうか? それとも、わたしは可哀想で憐れな存在? 笑っちゃう。仮にそうなら、鼻歌交じりで覆していくだけだ。

(毎週金曜更新♡次回は10月25日公開)

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腹から金玉 39歳、目が覚めたらオストメイト

ある日、いきなり大腸がんと診断され、オストメイトになった39歳のライターが綴る日々。笑いながら泣けて、泣きながら学べる新感覚の闘病エッセイ。

プロフィール

かわむらまみ

ライター

1985年生、都内在住。2024年5月にステージⅢcの大腸がん(S状結腸がん)が判明し、現在は標準治療にて抗がん剤治療中。また、一時的ストーマを有するオストメイトとして生活している。日本酒と寿司とマクドナルドのポテトが好き。早くこのあたりに著書を書き連ねたい。

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ひとまず順調なのでストーマの話をする