平成消しずみクラブ 第4回

炎上

大竹まこと

 長く生きていればわかることだが、勝負でも恋愛でも、また、その人が生業(なりわい)として日々の糧を得る仕事であっても、勝つよりも負けて得るもののほうが大きいのだ。
 私には、いろんなところで負け続けてきた経験がある。遠回りと言ったほうがわかりやすいか。
 己(おのれ)が歩んできた道が成功か否かの判断はついていない。ただ、あの時、負けてよかったと思うことがある。
 若い頃、ステキな彼女に振られて、一年半くらい落ち込んで、それは苦しかった。
 でも、後にとても大切な時間であったとも気づく。
 考えてもみたまえ!
 誰にも振られずに生きてきたら、いったいどんな男になっていたのだ。
 振られてよかったのだ。
 シティボーイズは、「お笑いスター誕生!!」という番組で、見事十週連続で勝ち抜くという寸前の九週で落とされた。その時の審査委員の顔は、今でもはっきりと覚えている。実際にはなにもしなかったけれど、心の中では復讐まで考えていた。
 それから一年、悔しさをバネにコントを磨いた。
 大阪の劇場に出演した時にも、まったくウケず、泊まった安旅館の枕を涙で濡らした。
 三十歳になったばかりの出来事だった。
 しかし、スター誕生で落とされ、大阪でウケなくて、本当によかったと心底思っている。
 もし、栄冠を勝ち取っていたら、たぶん、私はここにはいない。
 ここがよい場所かどうかはわからない。しかし、ここにはいない。
 若い人たちが輝いているのは、スポーツ界、芸能界、その他の業界を問わず、とてもうれしいし、成長も大いに期待する。
 しかし、負けを知らずにどうする。長いスランプも後の経験となる。
 プロ野球には、ドラフトがあり、選手が指名され、彼らは若くして大金を手に入れる。
 以前、ある高名な作家に、若くしてあんな大金を手に入れた選手はどうなるのか聞いたことがあった。多くの選手は、その金にやられると答えられた。ほんの一握りだけが生き残ると。
 若くして手に入れた、その名声、そして大金。
 彼らはどうやって生きていくのだろう。
 それでも、メンバーのきたろうに聞けば、「勝負の世界は、勝ち負けだ。いくら若くても、勝ったほうが強い。それがルールだ」と断言された。
 本当にそうなのだろうか?

 今回の件では、文字の持つ冷静(クール)さにも改めて驚かされた。
 テレビでの発言をそのまま載せた新聞では、言葉のニュアンスはまるで伝わらない。
 映画『男はつらいよ』に出てくる団子屋のオイちゃん(森川信)は、寅さんが去った後、「寅の奴、アイツは本当に馬鹿なんだから」と、口癖のように言う。オイちゃんが話せば、私たちにはその言葉にあふれる愛情だけが伝わってくる。
 しかし、同じ言葉を文字にしてみれば、音声がない代わりに、とても冷静に伝わる。
 そこには、読者の感情が乗せられることはあっても、画面の役者の声は届かない。
 発せられた言葉は怖くもあるし、優しくもある。
 文字に「貴方を心から尊敬しています」と書けば、それはたぶん、言葉通りに伝わるだろう。しかし、テレビなどの音声に乗れば、そこには発した者の感情が加わるから、本来の意味にも逆の意味にも成立してしまうのだ。

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連載では、シティボーイズのお話しはもちろん、現在も交流のある風間杜夫さんとの若き日々のエピソードなども。

プロフィール

大竹まこと

おおたけ・まこと 1949年東京都生まれ。東京大学教育学部附属中学校・高等学校卒業。1979年、友人だった斉木しげる、きたろうとともに『シティボーイズ』結成。不条理コントで東京のお笑いニューウェーブを牽引。現在、ラジオ『大竹まことゴールデンラジオ!』、テレビ『ビートたけしのTVタックル』他に出演。著書に『結論、思い出だけを抱いて死ぬのだ』等。

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