百田尚樹をぜんぶ読む 第6回

騙す/騙される/騙されたがる

藤田直哉×杉田俊介
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【杉田】ニヒリズムとロマンがせめぎ合っていますね。まあ、近代史の中で連綿と繰り返されてきたロマン主義的な精神とは、もともとそういうものなのですが。それが一方では「男性・父親にとって真実の愛とは何か」という実存的で男性論的な問いになるし、他方では、女性に対するロマン的なファンタジーにもなっていく。

 ただし女性については、「若い女性に対するロマン主義」と「結婚相手(妻)に対するロマン主義」では、かなり違いがあります。 

 若い女の子に対しては、たとえば短編集の『輝く夜』全般とか、ボクシング小説『ボックス!』の中の病気で若くして死んでしまうマネージャーの女の子とか、善良な女の子が報われないことに対する「おじさん的ロマン主義」があります。

 つまり、おじさん目線によって、不幸な若い女の子に同情していく。その時の百田尚樹は、びっくりするほど素直で共感的なんですね。まあそれはすごくベタなおじさん的欲望であり、ヤバさがあるわけですが。

Gam / PIXTA(ピクスタ)

 しかし、結婚相手に対するロマンやファンタジーはもう少し複雑であり、むしろ男性のロマンを幻滅や攪乱に追い込んでいく、そういう女性に対するロマンなんですよね。

 ロマンを抱いた相手から、つねに裏切られ、騙されていく。しかしその怖さも含めて、秘密のある女性に魅惑され続けてしまう。しかもそれは特別な美女とかじゃなく、ごく平凡な主婦や連れ合いなんです。そういうタイプのロマン主義だと思う。

【藤田】恋愛とロマン主義でいえば、『錨を上げよ』がまさに典型的ですね。好きになった相手に直接的に、技巧もなく突っこんでいく。しかしそんなにうまくいくはずがないから、フラれ続ける。それを延々と繰り返しています。「駆け引き」は、作り物だから嫌いなんですよね(笑)。

【杉田】出会った女性にすぐ一目惚れして、のめり込むんだけど、すぐに裏切られたと思いこみ、被害者意識を抱いて、離れていく。そしてまた遍歴し放浪がはじまる、というのを延々と、単調に、うんざりするほど長く繰り返しますよね。

【藤田】しかも、なぜか左翼のインテリの、階層が高い女の子にばかり憧れるんですよ(笑)。そういう自分の欲望のあり方を率直に書いているから、僕は『錨を上げよ』が好きなんです。

【杉田】『錨を上げよ』は本当にひどいというか、すごいというか……。変な小説ですよ。

 

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百田尚樹をぜんぶ読む

ベストセラー作家にして敏腕放送作家。そして「保守」論客。作品が、発言が、そしてその存在が、これ程までメディアを賑わせた人物がかつて存在しただろうか。「憂国の士」と担ぎ上げる者、排外主義者として蛇蝎の如く嫌う者、そして大多数の「何となく」その存在に触れた人々……。百田尚樹とは、何者か。しかしながら、その重要な手がかりであるはずの著作が論じられる機会、いわば「批評」される機会は思いのほか稀であった。気鋭の批評家、文芸評論家が全作品を徹底的に論じる。

関連書籍

非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か

プロフィール

藤田直哉×杉田俊介

 

藤田直哉
1983年生まれ。批評家。日本映画大学専任講師。東京工業大学社会理工学研究科価値システム専攻修了。博士(学術)。著書に『娯楽としての炎上』(南雲堂)、『虚構内存在:筒井康隆と〈新しい《生》の次元〉』、『シン・ゴジラ論』(いずれも作品社)、『新世紀ゾンビ論』(筑摩書房)などがある。朝日新聞で「ネット方面見聞録」連載中。文化と、科学と、インターネットと、政治とをクロスさせた論評が持ち味。

 

杉田俊介
1975年生まれ。批評家。自らのフリーター経験をもとに『フリーターにとって「自由」とは何か』(人文書院)を刊行するなど、ロスジェネ論壇に関わった。20代後半より10年ほど障害者支援に従事。著書に『非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か』(集英社新書)、『無能力批評』(大月書店)、『長渕剛論』『宇多田ヒカル論』(いずれも毎日新聞出版)、『ジョジョ論』『戦争と虚構』(いずれも作品社)、『安彦良和の戦争と平和』(中公新書ラクレ)など。

 
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