百田尚樹をぜんぶ読む 第6回

騙す/騙される/騙されたがる

藤田直哉×杉田俊介
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ベストセラー作家にして敏腕放送作家。そして「保守」論客。作品が、発言が、そしてその存在が、これ程までメディアを賑わせた人物がかつて存在しただろうか。「憂国の士」と担ぎ上げる者、排外主義者として蛇蝎の如く嫌う者、そして大多数の「何となく」その存在に触れた人々……。百田尚樹とは、何者か。しかしながら、その重要な手がかりであるはずの著作が論じられる機会、いわば「批評」される機会は思いのほか稀であった。気鋭の批評家と文芸評論家が全作品を徹底的に論じる。

 

【杉田】一つ不思議に思うのは、百田尚樹という人は、能動的に「騙している」のか、それとも受動的に「騙されている」のか、ということです。 

 そこに彼の奇妙なわかりにくさ、厄介さがある気がします。たとえば震災以降の安倍晋三や自民党との関係にしても、『殉愛』のさくらとの関係にしても。

 むしろ彼には、騙す/騙されるのいずれでもなく、「騙されてしまいたい」「騙されたがっている」という倒錯した欲望があるようにも見えるんですね。正しいものやきれいなものではなく、疑わしいもの、騙してくるかもしれない他者のことを信じたい、怖れつつも信じたい、というような。

freeangle / PIXTA(ピクスタ)

【藤田】確かに百田の小説には「騙されていた話」がじつに多い。小説作品としてのその「味」──真相を知った時の感覚の味わい──は、高く評価します。「騙される」ことにも享楽ってあるんですね。

 ぼくが気になっているのは、それが「現実の」それは戦後民主主義者たちのインチキな自虐史観に騙されていたが、日本人の真実の歴史はそうではなかった、日本人は歴史の真実に目覚めるべきだ、という認識と繋がっているようなところ。フィクションの中で楽しんでいた認識の形式が、現実にまで投影されてしまってはいないか、と感じるのです。 

 歴史修正主義やWGIPに共通するのは、これまで真理だと思っていたことがじつは真理ではなかった、という暴露の仕方ですよね。

 あるいはその逆に、百田の『影法師』のように、世の中からネガティヴに見られていた人が本当は素晴らしい人だった、というパターンもありますね。そのように、「真実」により評価の善悪が覆るという物語形式において、『永遠の0』と『影法師』は、構造的に表裏一体でしょう。

 あるいはその逆、ポジティヴだと思っていたらネガティヴ、というパターンも数多くあります。『モンスター』では、美人だと思っていたら実は整形していた、『幸福な生活』では、善良な妻だと信じていたら秘密があった、そういうモチーフが百田作品にはつねにありますよね。虚実のひっくり返りと、真相を知った時との落差の感情。それこそが、百田作品の情動面での魅力の中心のひとつだと思います。

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ベストセラー作家にして敏腕放送作家。そして「保守」論客。作品が、発言が、そしてその存在が、これ程までメディアを賑わせた人物がかつて存在しただろうか。「憂国の士」と担ぎ上げる者、排外主義者として蛇蝎の如く嫌う者、そして大多数の「何となく」その存在に触れた人々……。百田尚樹とは、何者か。しかしながら、その重要な手がかりであるはずの著作が論じられる機会、いわば「批評」される機会は思いのほか稀であった。気鋭の批評家、文芸評論家が全作品を徹底的に論じる。

関連書籍

非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か

プロフィール

藤田直哉×杉田俊介

 

藤田直哉
1983年生まれ。批評家。日本映画大学専任講師。東京工業大学社会理工学研究科価値システム専攻修了。博士(学術)。著書に『娯楽としての炎上』(南雲堂)、『虚構内存在:筒井康隆と〈新しい《生》の次元〉』、『シン・ゴジラ論』(いずれも作品社)、『新世紀ゾンビ論』(筑摩書房)などがある。朝日新聞で「ネット方面見聞録」連載中。文化と、科学と、インターネットと、政治とをクロスさせた論評が持ち味。

 

杉田俊介
1975年生まれ。批評家。自らのフリーター経験をもとに『フリーターにとって「自由」とは何か』(人文書院)を刊行するなど、ロスジェネ論壇に関わった。20代後半より10年ほど障害者支援に従事。著書に『非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か』(集英社新書)、『無能力批評』(大月書店)、『長渕剛論』『宇多田ヒカル論』(いずれも毎日新聞出版)、『ジョジョ論』『戦争と虚構』(いずれも作品社)、『安彦良和の戦争と平和』(中公新書ラクレ)など。

 
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