百田尚樹をぜんぶ読む 第7回

実存主義者としての百田尚樹

藤田直哉×杉田俊介
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ベストセラー作家にして敏腕放送作家。そして「保守」論客。作品が、発言が、そしてその存在が、これ程までメディアを賑わせた人物がかつて存在しただろうか。「憂国の士」と担ぎ上げる者、排外主義者として蛇蝎の如く嫌う者、そして大多数の「何となく」その存在に触れた人々……。百田尚樹とは、何者か。しかしながら、その重要な手がかりであるはずの著作が論じられる機会、いわば「批評」される機会は思いのほか稀であった。気鋭の批評家と文芸評論家が全作品を徹底的に論じる。

 

【藤田】ちなみに、僕が百田尚樹のエンターテインメント作品としていちばん面白く読んだのは、『ボックス!』でした。

 ボクシングという競技の純粋さは、スポーツではなく、殺し合いや死闘であることにあります。そういう瞬間の、言葉を介さない、人間のむき出しの生命や暴力性や闘争心。あるいは、生きる意味の燃焼する瞬間。

 百田尚樹のほとんどの作品は、そういうところにこだわっています。『ボックス!』は百田作品の中ではいちばん、国家的なものに回収されない小説です。その点では、『錨を上げよ』の恋愛の直接性と、『ボックス!』のボクシングの直接性は似ています。

 この人は実存主義者でもあるんですよね。生きる意味は何なのか、人間は何のために生きるのか、そういう問いが根本にある。とはいえ、そうやって生きる意味を求めることが国家や民族に回収されがちでもあるわけです。国家や会社のために生きることが個人としての自分が生きる意味だったんだ、と。 

Graphs / PIXTA(ピクスタ)

 この人が批判されやすいのはそこだと思うんだけど、個人として生きる意味を求め続けるというそのむき出しの実存主義者的な側面は、僕はそれなりに共感できるんですよね。闘い合う瞬間そのものの気持ちよさは、国家や民族に一体化するのとは逆の方向の力だと思う。

 たとえば彼がいつもネットやメディアでバトルしたり炎上させたりするのも、ボクシングのようにガチンコで命のやり取りをしたいのではないか。言葉のやり取りをつねに「戦争」や「戦場」のメタファーで語ることが、そう考える根拠です。

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ベストセラー作家にして敏腕放送作家。そして「保守」論客。作品が、発言が、そしてその存在が、これ程までメディアを賑わせた人物がかつて存在しただろうか。「憂国の士」と担ぎ上げる者、排外主義者として蛇蝎の如く嫌う者、そして大多数の「何となく」その存在に触れた人々……。百田尚樹とは、何者か。しかしながら、その重要な手がかりであるはずの著作が論じられる機会、いわば「批評」される機会は思いのほか稀であった。気鋭の批評家、文芸評論家が全作品を徹底的に論じる。

関連書籍

非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か

プロフィール

藤田直哉×杉田俊介

 

藤田直哉
1983年生まれ。批評家。日本映画大学専任講師。東京工業大学社会理工学研究科価値システム専攻修了。博士(学術)。著書に『娯楽としての炎上』(南雲堂)、『虚構内存在:筒井康隆と〈新しい《生》の次元〉』、『シン・ゴジラ論』(いずれも作品社)、『新世紀ゾンビ論』(筑摩書房)などがある。朝日新聞で「ネット方面見聞録」連載中。文化と、科学と、インターネットと、政治とをクロスさせた論評が持ち味。

 

杉田俊介
1975年生まれ。批評家。自らのフリーター経験をもとに『フリーターにとって「自由」とは何か』(人文書院)を刊行するなど、ロスジェネ論壇に関わった。20代後半より10年ほど障害者支援に従事。著書に『非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か』(集英社新書)、『無能力批評』(大月書店)、『長渕剛論』『宇多田ヒカル論』(いずれも毎日新聞出版)、『ジョジョ論』『戦争と虚構』(いずれも作品社)、『安彦良和の戦争と平和』(中公新書ラクレ)など。

 
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実存主義者としての百田尚樹