日米安保なんて自動車保険みたいなもん(古谷)
古谷 私は一水会に近い思想を持っていまして。一水会代表の木村三浩先生とお話しさせていだいたことがあるのですが、こういう民族派の方たちは、昔の中曽根首相の時代も「今はロン・ヤス(*1)で、レーガンと表面的には仲よくするんだけど、本当は対米自立なんだ」とおっしゃってました。この面従腹背というか、そういう巧みさが、今の政治家には全くない。「トランプ様~!」って言って大はしゃぎして、たぶん1年ぐらいたったら「バイデンは実は中国に厳しい」とか言いだして「はは~、バイデン様!」となると思います。コロナ禍が終わって大統領が来日でもしたら、「バイデン!バイデン!」の大合唱なんじゃないですか。本当に情けないです。
松竹 おっしゃるとおりです。中曽根さんが1976年に自民党の幹事長をやっておられたときに、日本がNPT(核兵器不拡散条約)に入るんですよね。三木武夫さんが総理大臣で。でも自民党の中では、中曽根さんはかなり抵抗しました。「NPTに入っちゃったら日本は核を持てなくて、自立した防衛政策を持てなくなる」という強い思いがあって。そういう点では最後の世代みたいな。もともと1950年代、保守合同の時は、「駐留米軍の漸次撤退」みたいなことも、ずっと言ってました。中曽根さんはそういう思いで引っ張ってきたけど、日本がNPTに入ったから自国で核兵器は持てず、アメリカの核に全面依存する、となった。防衛政策は1976年からもう半世紀近く、そこに頼り切るようなことになってしまった。だから「結局アメリカに頼ってるんだから仕方ないよね」みたいな感じで、地位協定改定についてもあきらめている。
でも、1991年にソ連が崩壊しました。それまでアメリカは「自由世界全体を守り、その一部として日本も守る」みたいな決意があったと思うんですが、ソ連崩壊以降は“価値観の同盟”みたいな感じではなくなった。だから自民党としても政府としても「昔のように守ってくれる」という確信がないから……。
古谷 ああ、だから毎回確認して。「日米安保の5条適用、適用」って。
―バイデン氏の大統領選勝利宣言後、菅首相が初の電話会談で「日米同盟の強化で一致、尖閣諸島がアメリカによる防衛義務を定めた日米安保条約第5条の適用範囲であることを確認」と報道されましたね。
松竹 そうですよね。本当にみっともないぐらい。政権が変わったら最初の仕事がそれ、みたいになってしまっている。
古谷 たしかにみっともない。大体、日米安保っていうのは二者の契約なわけであって、極論すれば自動車保険みたいなもんじゃないですか。保険会社の代理店が交代して担当者が変わったからと言って「これからも対人対物無制限補償は適用されますか?」って確認するバカはいないわけであって(笑)。日米安保っていうのはそれと全く同じですよ。あわてて確認したのは、日本側が「もしかしたら守ってもらえないんじゃないの?」みたいな危機感・恐怖を持ってる証左だと思うんです。
「自衛隊を活かす会」で防衛政策を議論してきた(松竹)
松竹 そういう従属をよしとするところに問題がある。防衛政策について、何らかの選択肢を持たないとダメだと思います。
戦後、防衛政策って、右派の側も「アメリカに守ってもらう」って言うだけだった。左派の側は、憲法9条で軍隊は否定して。だから防衛政策を考えた人って、あんまりいない。
古谷 ほとんどいないですね。80年代後半に、イージス艦建造計画が決定されて実際に建造されました。それは冷戦時代の要請があった訳です。しかし冷戦崩壊後、とりわけ防衛政策は後退した感があります。湾岸戦争の時のクウェートからの感謝国除外問題で、外務省が衝撃を受けて、とにかく国際貢献なんだPKO参加なんだと。ようするにアメリカに如何に協力するか、みたいな話が中心になった。でも私は、日本の防衛政策っていうのは、たとえば安保条約を事実上形骸化させて、フィリピンみたいに地位協定を破棄する選択肢もあるべきだと思います。
フィリピンに1991年に返還されたクラークフィールド元米空軍基地を、私は現地取材したんですが、返還後、経済特区になっていて、ショールームみたいな雰囲気で、カジノやホテルもできているんですね。
松竹 そうですか(笑)。
古谷 クラークフィールドは昔、東洋のパールハーバーと言われて、米軍の超巨大滑走路が作られたんですが、それも現在は軍民共用になっています。今、コロナ禍なんで休便してるかもしれませんが、台湾とかマレーシアなどに直行便が出ていて、周りはカジノだらけです。東京からクラークフィールドへの直行便はないんですが、マニラ都市圏が急速に膨張しているので、ドゥテルテ政権はクラークフィールドとマニラを結ぶ高速網を作る計画を練っています。現地に行くと、日系自動車企業のショールームもあるんです。巨大なフィリピン資本のショッピングモールがあって、中産階級でにぎわっていました。でも、それでいいじゃないかと思います。日本も米軍を撤退させれば日米地位協定なんて、それに不随して形骸化するんだから、それでいいじゃないかと。
日本の防衛予算は今、概算要求で5兆4千億円ぐらいですけれども、最低でも2倍にして、それで中国からどう言われようと、我々日本国は自主的に決めるんだと、自国で必要だと思う規模の軍隊を堂々と持ったらいいと思います。名前は自衛隊でも自衛軍でもいいんですけれども。
核兵器については、本当にどうしても必要なら、吉田茂元首相が「小型の戦術核は憲法上認められる」と言っていたように、必要だと思うなら持てばいい。小型の黒鉛炉を作ってプルトニウム239を抽出すればよい。技術はあるんですから政治決断だけです。北朝鮮が核で恫喝するなら、自衛のために我々も核武装ないし、戦略原潜保有の意志がある、と明示すればよい。
捕鯨問題では条約から脱退する、みたいな松岡洋右的強硬外交をやるのだったら、「自衛のためやむを得ずNPT体制から脱退する」と言えばいいんじゃないですか。もしそれを言えば、アメリカは慌てて「東京詣で」をやってきますよ(笑)。
いろんな選択肢があるわけです。でもこのような議論はかわぐちかいじさんの『沈黙の艦隊』で提示されてから30年経っても全く進んでいない。右派も左派も、日本の自主防衛の話って何かこうタブーって言いますか……。
保守の側は、海上自衛隊の拡充や固定翼機が離発着可能な航空母艦の保有を持論としていましたが、あくまでそれは米第7艦隊の補助艦隊としての機能です。陸上自衛隊については、もっぱらソ連の北海道侵攻に対抗する、と。これでずーっと頑張ってきたから、今も北海道に機甲師団があるわけです。
もちろん所謂「南西シフト」で九州・沖縄方面に陸自を拡充させつつありますが、島嶼防衛の根幹である水陸機動団がやっとできただけでしょう。これではまるで足りない。いっぽう左派は、自衛隊の存在は認めつつも、それ以上の具体的な事はほとんど言わないわけです。自衛隊増強とか原潜保有とか言ったら、リベラル論壇の中で袋叩きに逢うから怖いのでしょう。その真ん中あたりの議論が全然されてきてない。非常に滑稽で、おかしなことだと思います。
松竹 そうですね。それで私、実は「自衛隊を活かす会」というのを7年ほど前からやっていまして。柳澤協二さんという元・防衛官僚が代表で。国連PKO部隊の指揮をした伊勢崎賢治さんらを立てて、私が事務局長をやって。「自衛隊を活かすことによって日本の防衛政策をしっかりしたものにする」というテーマで、もう20回ぐらい、元陸上幕僚長の冨澤暉(とみざわひかる)さんとか、元陸将の方とか、元海将の方とかいろいろな方に来ていただいてシンポジウムを開き、議論しています。時々提言を出したり、本を出したりもして。最近出した本は、石破さんがブログの中で、「抑止力についての頭を整理するのにとても役立ちます」、とおっしゃってくれました。
古谷 それはすばらしいですね。
松竹 柳澤さんに10年前、私が働きかけて『抑止力を問う』(かもがわ出版、2010年)っていう本を出したのですが、去年、元防衛庁長官で自民党幹事長でもあった山崎拓さんに「柳澤さんと対談してみませんか」と声をかけて対談してもらったら、山崎さんは十年前に柳澤さんが抑止力の問題を問いかけたことについて、「これまでは、基地ならびに米軍の存在がわが国の安全保障上の抑止力であるという解釈が常識で、そういう説明を何の疑問もなくやってきた。そういう抑止力論に対して、果たしてそうかと異を唱えたのが柳澤さんでした」「とおっしゃってました。
まあ、実は柳澤さんご自身も最初は疑ってなかったのだけど、退職してから真剣に沖縄の基地問題に向き合った時に「やっぱり抑止力に縛られている状態では、自立した政策が取れない」ということで「本当に抑止力は有効なのか」と考えて、問題提起したんです。それで山崎さんが10年後、「あの本はすごい提起だった」っておっしゃってくれて。それに疑問を呈されたということは、すごく大きな一石を投じられたわけですよ。それは「安保条約見直しにつながる重要な提起です」とおっしゃってくれました。そういう点では、日本の防衛問題で、別の選択肢を示していく努力をしながら、地位協定の問題も、あわせてやっていくべきかなと思います。
古谷 おっしゃるとおりですね。
松竹 そういうシンポジウムをやると、自衛隊の元幹部と、いわゆる市民運動をやってるような人たちが来るんですが、若い人が少ないんで、ぜひ、そういう場で、古谷さんも(苦笑)。
古谷 いえいえ、私のような市井の小市民は……(苦笑)。
「アメリカの核の傘」に本当に守られているのか?(古谷)
古谷 この本を読ませていただいて思ったんですが「日本の自主防衛に核が必要かどうか」という点も踏み込まないといけないですね。通常戦力の増強で対処するか、核武装も必要なのかどうか。
「日本はアメリカの核の傘に守られている」って産経新聞社系(所謂”産経・正論路線”)の人がよく言うのですが「じゃあなんで核の傘があるのに昨日も今日も中国の海警が領海侵犯して、尖閣諸島周辺に4隻も来たの」と聞きたいです。漢級原子力潜水艦も石垣島―多良間島間を通過し領海侵犯して海上警備行動発令ですよ。「アメリカの核の傘があるのに、なんで中国はこんなに活発なんだ」って。
産経新聞社の『正論』系の保守論客に、私は常に言うんです。「アメリカの傘があるっておたくらが言っているのに、何でロシア軍機は日本一周して、中国の海警は領海侵犯してくるんだ?」と。すると彼らは100%こう言います。「日米安保があるから、この程度で済んでるんだ」って。この程度って、何やねんと。
松竹 (笑)
古谷 彼らはそういう卑屈な言いぐさをするんです。「日米安保がなけりゃ、尖閣も沖縄もとっくに中国に占領されてるんだ」と。保守派は米軍に守ってもらうのが「リアリズムだ」とか言うけど、「君たちがリアリズムって言うのは、自分に都合の悪い現実を勝手に脳内変換してるだけでしょうよ」と思います。
日本の防衛政策についても、必ず「すごくお金がかかる。米軍を全部撤退させたら、どうやって日本を守るんだ」って言う。その一方で彼らは、自衛隊のことが大好きなんです。扶桑社の『MAMOR』(マモル、防衛省オフィシャルマガジン)とかを愛読していて「自衛隊は世界で一番紳士的な軍隊で、一番の実力組織だ。何かあったら、予備自も含めて一気呵(いっきか)成(せい)に来るんだ」とか言ってるくせに「米軍がいなくなったらどうしようもない」って。自衛隊を誇ってるのかディスってるのか、どっちなんでしょうか(苦笑)。
松竹 うん、うん。
古谷 こっちが「核の傘の矛盾」を言うと、彼らはモゴモゴ、モゴモゴと言いわけするんですけれども……。日本の防衛をちゃんと考えているのは、石破さんみたいな人だけじゃないでしょうかね。彼は最終的には対米自立、という信念を持っていますし、漸次的に日米同盟のみに頼らない日本の自主防衛力を高めていこうと書いていらっしゃいますし。
松竹さんのこの本を読んでも、結局、日米地位協定改定も、日本側のやる気の問題かなって思うんです。
松竹 そうですね。
古谷 日本人って、条約とか協定を金科玉条の如くきちっと守ろうとするんだけれども、そんなものは時の国家の趨勢によって動くわけですよね。政権が変わったら条約や協定を継承しないなんてことは、どこの国でもある。トランプは実際にパリ協定から離脱したんですから。バイデンになったらまた戻る。国家間や国際社会との決め事、条約等は湯豆腐のようにぐつぐつと動くわけですよね。そういったことも含めて、私は日本側のやる気が本当にないなということを、この本を読ませていただいて思ったのです。
九大墜落事件では大学側が米軍機引き渡しを拒否した
古谷 ひとつ質問なんですが、1968年の九州大学に米軍機が墜落した(*2)時の事例が書かれておりましたけれども、68年というと原子力空母エンタープライズ入港反対闘争(*3)が佐世保で起きた年でもありますね。
松竹 そうですね。当時は私もまだ中学生でしたが、衝撃的な事件でした。
古谷 墜落した機体の米軍による搬出を拒んだ、っていうのを、知らなくて。
松竹 あの頃はね、米軍がというよりも、警察が大学の中になかなか入れなかったですから。大学の自治権というのが非常に強かった。警察を入れないのと同様、米軍だって入れない。
古谷 それで入れなかった。それは大変立派だなと思いました。
松竹 その点、2004年の沖縄国際大学での米軍ヘリ墜落事故の時とは全然違いますね。沖縄大学ではすぐに米軍が現場を封鎖して、日本の警察も入れませんでしたから。九州大学の時から、時間がたってこんなになってしまうのか、っていう。
古谷 60年代に九大がやったんだったら、今だってできるじゃないかって。
松竹 そう。それも、古谷さんがおっしゃっているように、覚悟の問題なんですよ。
古谷 そうそう、覚悟なんですよ。
松竹 別に、地位協定でどう決められていようがね。だって、地位協定と大学の自治がぶつかったときにどうするんだって言った時に、「いや、これは条約だから」みたいになるけど、「いや、大学の自治はもっと根本的な原理だ」っていうことで頑張ることはできるんですよね。
古谷 当然ですよね。
松竹 それぐらいの気持ちがないと、アメリカに物を言ったりできないし、そこで頑張れない人が、地位協定改定を求めても、アメリカから「ダメ」って言われたら戦えますかって。絶対にできないと思います。
古谷 そうですよね。
プロフィール
古谷経衡(ふるや・つねひら)
1982年札幌市生まれ。作家・文筆家。立命館大学文学部史学科(日本史)卒業。一般社団法人日本ペンクラブ正会員。NPO法人江東映像文化振興事業団理事長。時事問題、政治、ネット右翼、アニメなど多岐にわたり評論活動を行う。著書に『毒親と絶縁する』(集英社新書)、『ネット右翼の終わり』(晶文社)、『左翼も右翼もウソばかり』『日本を蝕む「極論」の正体』(ともに新潮新書)、『「意識高い系」の研究』(文春新書)、『女政治家の通信簿』(小学館新書)、長編小説『愛国商売』(小学館文庫)などがある。
松竹伸幸(まつたけ・のぶゆき)
1955年長崎県生まれ。 ジャーナリスト・編集者、日本平和学会会員、自衛隊を活かす会(代表・柳澤協二)事務局長。専門は外交・安全保障。一橋大学社会学部卒業。『改憲的護憲論』(集英社新書)、『9条が世界を変える』『「日本会議」史観の乗り越え方』(かもがわ出版)、『反戦の世界史』『「基地国家・日本」の形成と展開』(新日本出版社)、『憲法九条の軍事戦略』『集団的自衛権の深層』『対米従属の謎』(平凡社新書)など著作多数。