日米の支配・従属関係の根源を撃つ! 第5回

日米の支配・従属関係の根源を撃つ!

古谷経衡×松竹伸幸

「民主的でない密約なんか反故だ」と通告すればいい(古谷)

古谷 日米にいろいろ安保問題に際して密約があったという話もあります。が、あったとしても、それは密約なわけだから、民主的に公にされてない。だから、新しく日米安保に懐疑的な政権ができたら、「こんなもんは、公にされてないんだから、反故(ほご)だ」ってひとこと言っちゃえば、それで終わりだと思うんですけど(笑)。

松竹 終わりだと思いますよ。ただ、その事例のひとつである「在日米軍に対する裁判権放棄」の密約(*4)と呼ばれたものが2011年に公開されましたが、その際、当時の民主党政権は「いや、あれは政府間の約束じゃなかった。日本側の一方的な政策的発言だったんだ」って言ったんです。恥ずかしくって「こんな約束してます」って言えなかったんでしょうね。

古谷 歴史上いろんな密約ってあったと思うんですけど、政権が変わったら「そんなもん知らねえや」という話だと思います。ソ連圏だったユーゴスラヴィアのチトーも、ナチ敗北後は、ユーゴはソ連の衛星国にするという東西(英ソ)のいわば密約めいたモノがあったのに、戦後ソ連の庇護を反故にしたわけじゃないですか。「コミンフォルムなんてどうでもいいんだ。俺たちはスターリンとは違うんだ」と。私はチトー主義をほめてるわけじゃないですけど、ソ連から比べて核も持っていないあんな小さな国が、よく超大国ソ連にモノを言ったもんだと思います。

松竹 ロシア革命でレーニンが政権をとった時も、ロシアがフランスやイギリスと結んでいた領土分割の秘密協定、サイクス=ピコ協定*5などを暴露して、破棄したりもしました。やろうと思えばできるんです。

古谷 政権が変われば、「密約なんて知らん」って言えばいいのに、日本人は「守らなきゃいけないんだ」っていう、ムダに義理堅いところがあって。

松竹 おっしゃるとおりです。ただ、やっぱり外務省の条約局なんかは「密約でも約束だから縛られるんだ」みたいなことを言うんだけど、そんなことないって思いますね。

古谷 関係ないですよね。だから政権変わったら、「いや、今日から関係ないよ」って言えばいい。だって密約だし、民主的じゃないんですから、そんなの知ったことかよ、と。

 それに米軍だってけっこう世論に左右されるじゃないですか。イタリアで1998年に米軍機がロープウエイのケーブル切っちゃった事故の時も、イタリアの世論にもの凄く影響されたじゃないですか。だから日本の世論が「密約なんてとんでもない、地位協定とんでもない」と盛り上がれば、アメリカは一応、民主主義の体裁を持っている国だから、日本の世論を無視することはできないと思うんです。言うこと聞くと思います。

松竹 あのイタリアの事故の時、私は驚いたんだけども、イタリアの外務大臣だか首相だったかが、イタリアで裁判するって言ったんですよ。地位協定上は、公務中の事件だからアメリカで裁判することになってる。条約上はそうなってるけれども、イタリアの政府としては、ここで地位協定に縛られていたら、もうイタリア国民の怒りは収まらないだろうって。

古谷 いや、もうあれは悲惨過ぎる事故でしたね。ケーブルが切られて、ゴンドラが落ちちゃって、乗員20名全員が死んだという事故でしたからね。それは当然ですよ。

松竹 そう。だから、条約がどうあろうと、イタリアで裁判するんだって……。だから日本だって米軍機事故や米兵の犯罪は「日本で裁判するんだ」って、本当は言わなきゃならない。イタリアでは政府もあれだけ頑張ったからアメリカの軍法会議にイタリア代表が参加して監視するみたいなこともできた。

古谷 あのゴンドラ事故ではアメリカ側も遺族に賠償したじゃないですか。それは、条約じゃなくて人情というか感情というか、イタリア世論が盛り上がった結果ではないですか。それに応じて、アメリカ側も動くわけです。

松竹 そうです。

古谷 2016年のうるま市の米軍軍属による強姦殺人事件や、95年の米兵少女暴行事件もそうですけど、そういう世論の力によるもののほうが実は大事なんじゃないでしょうか。地位協定の条文改定ももちろん重要ですけど、逆に、今のような、すごく冷めた民主主義というか、冷めた日米関係を保ったままだったら、仮に協定や条約の文章を変えても同じなような気がするんです。

松竹 そう思います。

 

保守、中道、リベラル含めた国民世論の醸成が大事
国民が冷めたままなら対米従属は続く(古谷)

古谷 逆に、地位協定を変えなくても、日本の世論が「とんでもない! 我々は消費税10%になって、4000㏄の車だと8万円も税金払ってるのに、こいつら2万しか払ってねえじゃねえか。空港発着料なんか全然払ってねえじゃねえか。とんでもないことだ! 思いやり予算なんか、税金の無駄遣いだ!」ってワーッとなったら、地位協定変えなくても、実際の運用は変わると思うんです。民間会社が官を接待して7万4000円どころの話じゃないと思うんですけど。私はこの本を読んでそう思いました。

松竹 そこを読み取ってもらって大変うれしいです。地位協定に携わっている人が「地位協定がある限り、決まってるから仕方ない」みたいな考えの人が多いので。気持ちは分かるんですけれど、そういうもんじゃないんだって。

古谷 結局、2国間の条約っていうのは、日本憲法に対する解釈もそうですけど、時と時代によって変わるものでありますし。この本を読んで一番思ったのは、保守、右派、ネット右翼、まあネット右翼はちょっと厳しいかもしれないですけど、保守、右派も含めて、中道でもリベラルでも革新でもいいんですけど、国民世論の醸成が大事という事に尽きますよね。

 日米地位協定の条文を今すぐ変えるっていうのは、相手がいることだから、時間がかかるかもしれないけれども「菅首相が高級パンケーキ食ってる」「安倍前首相がステーキ屋行った」「麻生が銀座のクラブ行ってけしからん」とか、最近でも「与党議員がコロナ禍なのにクラブに行ってけしからん」というのがありました。でも米軍はそれよりはるかにとんでもないことをしている。

 最近でも、米軍ヘリが六本木のヘリポートから飛び立って、日本の航空法の治外法権だからスカイツリーを目標に低空訓練をしていたと報道されましたが、保守派は誰一人怒らない。ひたすら中国が~、韓国が~、朝日新聞が~、野党が~、共産党が~、サヨクが~、と飽きもせず毎日毎日同じことを言っている。所謂”保守系論壇誌”は毎月毎月「サヨウナラ韓国!」という特集を組んで、口を顔にしてストーカーの如く韓国が~、韓国が~、と嫌韓を叫んでいますが、誰一人として在日米軍に文句を言わない。完全に感覚がマヒしている。異様なレベルです。

 日米の不平等に対し「とんでもない!」という世論を作れば、極論すれば日米地位協定は改定の必要もなく、実質的な運用面で平等になってくるんじゃないかって、私は思いました。やっぱり国民の世論、感情というのを高めていく必要がある。それが冷めたままだったら、地位協定の文面がNATO並み、ドイツ並みに平等になっても、対米従属は続くだろうと私は受け止めました。

松竹 おっしゃるとおりだと思います。たとえば、3条の基地管理権にしてもね。行政協定にあった「権利」とか「権力」という言葉を削ったわけだから、日米交渉の中でも「権利という言葉は全部削ったんだから、あんたらの権利はなくなったんだ」と交渉しないとダメだと思う。でも日本の外務官僚は「権利という言葉はなくなったけれども、中身は同じなんだ」みたいな立場で見てしまっている。

 

広島原爆の日に米兵と記念写真撮ってピースサインしている日本人

古谷 95年の少女の事件や、うるま市の強姦殺人事件、沖縄国際大学墜落事故とか米兵の飲酒事故とか、そういう事故、事件が起こると、ちょっと世論が、沖縄を中心に盛り上がるんですが、日本全体的には低調ですよね。

 そのひとつの原因は、やっぱり中央のマスメディアの周辺に米軍基地がないことです。横須賀には基地があるし磯子の米軍住宅もあるし、六本木にもヘリポートはあるけれど、沖縄とは比べ物にならない。那覇以北をレンタカーで走ると、もう右に普天間があって左に嘉手納があって基地だらけです。東京には、そういうのがない。だから我々は占領されてて従属させられてるんだけど、それをあんまり感じない。沖縄みたいにハッキリと支配・被支配の関係が本土の人間にはあんまり分からないということが問題だと思うんです。

 数年前、8月6日に横須賀の米軍基地の開放デーがあって、私も行ったんですよ。そしたら私と同い年とか若い子が、米兵とピースサインして記念写真撮ってるわけです。ファミリーも含めて。私は右翼として彼らを叱ってやりたかったですよ。「本当に情けない、ここまで堕落したのか」って。彼らは、その日が広島原爆の日なんて知らないんですよね。知っていてもそれが何を意味するのかという知識がないのでしょう。それこそ「英霊が泣いているぞ」と。私は彼らを叱りたい。でも叱ると「パヨク」って言われるのですね。異常な世の中だと思います。

 韓国では2002年に米軍の装甲車に女子中学生2人がひき殺された事件に対して、「これは民族的屈辱だ」として、全土で反米運動が起こりました。韓国のほうが皆、ぜんぜん意識が高いです。

松竹 本当に地位協定も米軍も、日本ではあんまり問題にならないですね。

 

今年は“地位協定イヤー”になる(松竹)

松竹 でも私自身は、今年はもしかしたら“地位協定イヤー”になるんじゃないかと思っています。地位協定24条で米軍が負担することになっている費用を日本が負担できるようにするため、5年に一度「特別協定」を締結する*6のですが、今年3月が期限になっていたのがはアメリカが大統領選挙で議論の時間がなかったため、とりあえず前の協定を1年延長して次の協定の中身を議論することになったので、これから1年間を通じて、米軍の負担、日本の負担をどうするかが継続して話題になっていき、いろいろ交渉が行われるはずです。世論の話題になる年なのです。

 そしてもうひとつは、今年総選挙がありますけれども、おそらく地位協定の問題は野党の中では数少ない安全保障に関わる一致点なので、「絶対変えない」っていう自民党・公明党との間の対立点になる。それで、総選挙に関連して地位協定も話題になっていくんじゃないかと思います。

 さらにもうひとつは、「自衛隊を活かす会」の代表をやっている柳澤さんが今、沖縄県が設置した「万国津梁会議」の委員長として、地位協定を改定する提言を3月に出す予定です。これはさっき話した防衛政策の選択肢ということとも関わるんですが、今「万国津梁会議」が重視しているのは「戦略ベースでアメリカと対話できるようにならないと、アメリカとの対話が進んでいかない」ということです。「基地が嫌だ、重圧だ」ということはベースとしてあるんだけれども、それを戦略ベースで議論をして、「だから基地は要らないよね」というふうに話を進めようと。

古谷 そうですよね。

 

ドイツが“物言える敗戦国”なのはナチを絶対悪として決別したから
だが日本は戦時中の“日本型ファシズム”としっかり決別していない(古谷)

古谷 ドイツが同じ敗戦国なのに、日本よりも、けっこうアメリカに対して物が言える感が強いですが、それは東ドイツも西ドイツもナチを完全否定して成立した新国家という前提はあるんですけど、もうひとつ、変な言い方ですけど、敗戦慣れしてる、という気がします。ドイツは第一次大戦も第二次大戦も敗戦したわけですから。日本はシベリア出兵の失敗を除けば、第二次大戦の敗戦が初めてみたいなものです。そこにすごくコンプレックスがあるのでしょう。でも、もうそういう時代でもなかろうと思います。

松竹 ドイツによるナチの否定って、建前の面もあるでしょうが、戦後、大統領を長くやったアデナウアーは、ナチが政権をとった時にケルンの市長をやっていて、市役所にナチの旗を掲げるのを拒否したりしてクビになった。そういうふうにナチと戦った人たちもいて、戦後、彼らがドイツを担った面もある。そこは日本と決定的に違うところかと思います。

古谷 そうですね。ドイツは「自分たちはナチとはもう関係ない」とナチの時代をキッパリと否定して戦後が始まったわけですけれども、日本の場合は大政翼賛会の残滓(ざんし)みたいなものの延長線上でやってきた。日本型ファシズムを、なんとなく一億総ざんげでごまかした。でもきちんと「戦前と決別した新国家である」としたほうがよかったんじゃないかって思うんです。

 昭和天皇は戦争が終わった後、然るべき時期に退位すべきだったと思います。実際に当時、退位論が出ました。昭和天皇の全国巡幸は、敗戦で打ちひしがれた国民に勇気を与えたことは事実です。しかし然るべき時に退位という選択肢を政府としてもっと真剣に検討したほうが良かったのではないでしょうか。

 新生日本として皇太子を新天皇として迎えて「戦前と全く決別するんだ」という形で。そうすると、岸信介も佐藤栄作も安倍晋太郎も安倍晋三もおそらく政界に出てこなかったし、辻?政信も国会議員にならなかったわけでしょうから。でもそうならず「戦時体制、いまだ終わらず」みたいな、ナアナアな感じになって、戦後日本はそのまま戦前と断絶されず続いていく。もちろん占領軍の意向が「逆コース」に象徴されるような強権的なモノであったことはありますけれども、サンフランシスコ平和条約で講和した後は独立国になったのだから毅然として決断すれば良かった。
 財閥も解体されましたが、今やグループ企業になって同じことになってる。戦争の反省は書類上やってはいて、“新日本”とうたっているんだけれども、実際は人々の感情としても現在も連続している。

 だから自民党の某女性国会議員が、臆面もなく「八紘一宇が~」なんてことを公に言うわけです。ドイツの国会議員が議会で「東方生存圏が~」なんて言い出したらどうなりますか。即辞職で社会的生命を失う。沖縄だけが違うのは、地上戦で徹底的に破壊され、1972年まで「異国」に支配されたからだと思います。

 IFではありますが、戦前の体制というのを完全に否定すれば、たぶん日米地位協定なんて、ポンッてはねのけられたと思うんです。「我々は過去の軍国主義日本とは全く異なる」と。ドイツがそうだったわけですよね。「我々はナチ体制とは全く異なる」と。日本も、同じようにして「我々は東條英機や鈴木貫太郎以前の日本型ファシズムとは全く異なり、ファシズムと決別した新生日本であるから、このような日米不平等条約は全く容認できない」って、はねのけられたと思うんですけれども。

松竹 そうなんですよね。

 

*1 ロン・ヤス:中曽根康弘元首相が訪米した際、当時のロナルド・レーガン大統領と親しくなり、互いをファーストネームで「ロン」「ヤス」と呼ぶことにし、「ロン・ヤス外交」と呼ばれた。

*2 九州大学米軍機墜落事件:ベトナム戦争中の1968年6月2日、米軍板付基地(現福岡空港)に向かっていた米軍のファントム機が福岡市内に建設中の九州大学・大型計算機センターに突っ込んで炎上。水野高明・九大総長が職員、学生と共に抗議デモをし、日本政府と米軍に抗議。6月20日に日米合同委員会が開かれ、米側は事故原因が明らかになるまで、必要な場合を除き夜間飛行はしないと言明。また、米軍機が九大上空を飛行することを避けるため板付基地を離陸後、右旋回をすると約束。

*3 エンタープライズ入港反対闘争:米第7艦隊の原子力空母エンタープライズが1968年1月19日、佐世保港に入港。ベトナム戦争で北ベトナム空爆のための戦闘機を満載した空母の入港に、反対する革新団体や学生たちが集結し、警官隊と衝突。社会党や共産党などの野党も抗議集会を開いた。

*4 「在日米軍に対する裁判権放棄」に関する密約:2011年8月26日、外務省が在日米軍人らの「公務外」犯罪について、重要案件以外は裁判権を放棄する、と日本側が約束した「日米密約」文書を公表。これは、国際問題研究者の新原昭治氏が米国立公文書館で機密指定解除により公開された公文書から発見し、指摘していたもの。ただし、日本側の裁判権放棄の約束は「日本側の一方的な政策的発言」であって日米間の合意ではない、と「密約」の事実を否定した。この外務省の公表に先立って、日米合同委員会が開かれていた。
関連リンク……主張/裁判権「密約」/ごまかさずきっぱり破棄せよ (znlc.jp)

*5 サイクス=ピコ協定:第一次世界大戦中の1916年に英、仏、露がオスマントルコ帝国領の分割を約束した秘密協定。

*6 在日米軍駐留経費の日本側負担に関する特別協定:2011年に菅直人内閣が新たに合意し締結。有効期間5年。その後2016年に安倍内閣が新協定締結。有効期間5年。

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 第4回

関連書籍

〈全条項分析〉日米地位協定の真実

プロフィール

古谷経衡×松竹伸幸

 

 

古谷経衡(ふるや・つねひら)
1982年札幌市生まれ。作家・文筆家。立命館大学文学部史学科(日本史)卒業。一般社団法人日本ペンクラブ正会員。NPO法人江東映像文化振興事業団理事長。時事問題、政治、ネット右翼、アニメなど多岐にわたり評論活動を行う。著書に『毒親と絶縁する』(集英社新書)、『ネット右翼の終わり』(晶文社)、『左翼も右翼もウソばかり』『日本を蝕む「極論」の正体』(ともに新潮新書)、『「意識高い系」の研究』(文春新書)、『女政治家の通信簿』(小学館新書)、長編小説『愛国商売』(小学館文庫)などがある。

 

松竹伸幸(まつたけ・のぶゆき)
1955年長崎県生まれ。 ジャーナリスト・編集者、日本平和学会会員、自衛隊を活かす会(代表・柳澤協二)事務局長。専門は外交・安全保障。一橋大学社会学部卒業。『改憲的護憲論』(集英社新書)、『9条が世界を変える』『「日本会議」史観の乗り越え方』(かもがわ出版)、『反戦の世界史』『「基地国家・日本」の形成と展開』(新日本出版社)、『憲法九条の軍事戦略』『集団的自衛権の深層』『対米従属の謎』(平凡社新書)など著作多数。

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日米の支配・従属関係の根源を撃つ!