「いとしのエリー」で見えてくる「ドミソ問題」
次は国民的バンドの代表格であるサザンオールスターズの「いとしのエリー」(1979)を考えてみましょう。この曲は実際にジャズ曲として方々で演奏されているので、聴き覚えがあるかもしれません。
僕はソロのフレーズを弾いたり新たな曲を作曲したりするときに、メロディの始まりに音階の中の「ド、ミ、ソ」から始まるフレーズを絶対に書かないようにしています。あえて避けて始めるのです。ニュースクール大学ジャズピアノ科時代、恩師から口が酸っぱくなるほど、「ド、ミ、ソ」は一番安心する音なので、それを冒頭で使っちゃジャズにはならない」と言われていたからです。
確かに小節頭の1拍目にドカンと「ド、ミ、ソ」の音を使うとわかりやすすぎてジャズとしてはちょっぴり照れちゃう気分になるのも事実です。しかし前述の「バードランドの子守唄」は「ソソファミレド」で始まっていますし、意外にやはり安心する場所(ドミソ)から始まるというのはジャズ曲として「あり」なのかもしれません。この研究は連載の中で更に深めていく必要がありそうです。
「いとしのエリー」のAメロを解析していきましょう。始まりは「なくしたこともある」ですが、この部分は「ミファソソソラソファミ」です。「なくし」の「し」が1小節目の1拍目なので「ソ」が小節頭になります。「なく」はその前に始まりを予感させるように前倒しで入る部分であり、ここも厳密に言えば「ミファ」です。つまり「なくし」の「な」も「し」も「ミ」「ソ」なので超安定、耳障りのいい大ヒット曲的王道ポップスの始まりであることがわかります。
なので「なくし」を「なくっし」とすればよりジャズ的になると思います。つまり8分休符を1拍目の頭に入れるのです。そして1拍目の裏拍で「なくし」の「し」を入れば、よりジャズっぽく聞こえます。「なくっしたこともある」です。
まあ、こんなことごちゃごちゃ能書きたれなくても「いとしのエリー」はそのままでも充分ジャズとしても成立する名曲なんですが、この連載ではジャズに変換した時を仮定してどんどん話を進めたいと思います。
サビの「わらってもっとベイビー」も「わ」が「ミ」で、「ベ」が「ソ」なんですね。ニュースクールの恩師はおそらく僕たちのことを思って「ド、ミ、ソは気をつけなよ。ジャズじゃなくなるよ」って忠告してくれたけれど、おそらく人は最も安心するところから作曲を始める癖があるので、そういう聴き手として先が読める曲の展開に気をつけなよっていうことだったんだと思います。
おそらくこの「ドミソ問題」はドミソのメロディの始まりと着地がダウンビート(拍の表側(強部)のこと。 「1 ト2 ト···」の1、2 などにあたる。指揮をする際、各拍(の表)で腕を振り降ろすことに由来)であると、安定感が増えすぎてダブルでやばいということなのでしょうね。もちろんそれ自体が悪いわけじゃなく、クリシェとして多用すると曲のテンションがガタ落ちするということなんだと思います。これはまたのちに機会があったら詳しく書いていきたいと思います。
Southern All Stars – いとしのエリー (Ellie My Love) 1979
「いとしのエリー」ジャズバージョンはいろんな方が演奏していてそれぞれに深い味わいがあるのですが、なんといってもジャズピアニストのジェイコブ·コリアーさんのバージョンを聴いて欲しくて紹介したいと思います。ピアノ1本で見事なアドリブをされていて聞き応えたっぷりです。この曲のコード進行がジャズにはもってこいなんでしょう、ジェイコブさんの楽しそうな顔が浮かびます。
いとしのエリー ジェイコブ·コリアー
プロフィール
(おおえ せんり)
1960年生まれ。ミュージシャン。1983年にシンガーソングライターとしてデビュー。「十人十色」「格好悪いふられ方」「Rain」などヒット曲が数々。2008年ジャズピアニストを目指し渡米、2012年にアルバム『Boys Mature Slow』でジャズピアニストとしてデビュー。現在、NYブルックリン在住。2016年からブルックリンでの生活を note 「ブルックリンでジャズを耕す」にて発信している。著書に『9番目の音を探して 47歳からのニューヨークジャズ留学』『ブルックリンでソロめし! 美味しい! カンタン! 驚きの大江屋レシピから46皿のラブ&ピース』(ともにKADOKAWA)ほか多数。