大江千里のジャズ案内 「ジャズって素敵!」 Vol.2

いまヒットしている曲のすべてがジャズです

大江千里

ジャズ的要素はメロディー·コード·歌詞にあり

「いとしのエリー」がリリースされた70年代後半から80年代には、それまで歌謡曲と呼ばれていた日本語ポップスに、アメリカン・ポップスやそれこそジャズの要素を加えた、ニューミュージックというジャンルが生まれ、若者を中心に大ブームを巻き起こします。そんなニューミュージックの代表格として知られるのが、ユーミンこと松任谷由実さんです。

では、彼女の荒井由実時代の名曲「あの日にかえりたい」(1975)はどうでしょう?これはもう小野リサさんがボサノバでカバーしているくらいジャズボサノバです。歌詞のあるジャズの曲が求めている「せつなさ」の分量がちょうどいい。悲しすぎても重たいし、逆に楽しすぎる恋だと軽すぎる。この匙加減がジャズスタンダードの持つ大人な世界観にぴったりなのです。

「青春の後ろ姿を 人は皆忘れてしまう あの頃の私に戻って あなたに会いたい」この歌詞の世界観は若干ジャズと呼ぶには若すぎる気もしますが、10代を中心とした日本のポップス的には充分背伸びした歌詞であると言えましょう。面白いことにジャズボサノババージョンの小野リサさんカバーからはこの背伸びが初々しく感じられる。ポップスとジャズの両方の良さがより伝わってくるのです。

あの日に帰りたい – 小野リサ

ここまで観察してきた3曲の一体何がジャズなのか。まとめてみましょう。

「アイドル」は詩の世界観は超ポップですが、音楽的パーツがジャズなのです。「いとしのエリー」は深い大人の恋愛がジャズですし、メロディアスなコード進行がとてもジャズに適してる。それはサビに集約されます。「あの日に帰りたい」は総合的ジャズ力が高い。

こうやって分析するとJ-POPの中にもっともっといろんな切り口でジャズを発見することができるかもしれません。このような比較をするようになったのには、僕自身が2枚のジャズアルバムを自身のポップ時代の楽曲を変換させて作った経験があるというのが大きいです。

自分の曲の例を少しだけ書きましょう。

まず僕のデビュー曲「ワラビーぬぎすてて」(1983)。これは大村憲司さん編曲プロデュースのゴリゴリのブリティッシュロックの香りがあるポップスです。憲司さんのソリッドなギターが印象的です。この曲を僕はジャズアルバム『BOYS & GIRLS』(2018)の中で「Wallabee Shoes」として再生させました。ホンキートンク調のピアノ1本のアレンジです。

「ワラビーワラビー」サビで繰り返すこのフレーズが8分音符で小節の3、4拍目に「わ、ら、び、い」とはっきり発声するので、非常にポップなんですが、ジャズにするときは3拍目を付点音符にして最初に長いアクセントを持ってくる。「わーら」ですね。で、4拍目の裏拍に「びい」と入る。「わ、ら、び、い」が「わーら(8分休符)びい(16分音符2つ)」となったわけです。こういったリズムつまり譜割りを細かく本筋は残しながら変化させていくことで、思い切りジャズになったりポップスになったりが決まります。

聴き比べてみてください。

ワラビーぬぎすてて  大江千里

Wallabee Shoes / Senri Oe

作者が両方僕なので、J-POPの大江千里をジャズピアニストのSenri Oeがリスペクトしない限り、この時代を超えたセッションは成立しません。何も足さない、何も引かないを哲学にしていた大江千里が完成させたポップスをジャズにする時、あえてイジった部分は「ワラビー」の譜割り、ホンキートンクという音楽形態のみ。Senri Oeは、原曲をただ注意深く研究しそのままオーガニックにジャズバージョンを完成させました。いかがだったでしょうか?

それではこの章の終わりにオマケを一つ。2025年に活動再開が噂されているBTSのテテ(V)はジャズが好きで知られているので、そんな彼のジャズを紹介しましょう。まさに正攻法のジャズです。

フランク·シナトラ好きらしいので、歌い方も真似しているような気もします。バックのミュージシャンのソロにクスッと笑ったり、いかにもジャズキャット(ジャズを大好きな人のことをこう呼んだりする)なattitude(振る舞い)に思わずみているこちらも嬉しくなり微笑んでしまいます。

参考:
YOASOBI「アイドル」(作詞:Ayase、作曲:Ayase)
サザンオールスターズ「いとしのエリー」(作詞:桑田佳祐、作曲:桑田佳祐)
荒井由実「あの日に帰りたい」(作詞:荒井由実、作曲:荒井由実)
大江千里「ワラビーぬぎすてて」(作詞:大江千里、作曲:大江千里)

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プロフィール

大江千里

(おおえ せんり)

1960年生まれ。ミュージシャン。1983年にシンガーソングライターとしてデビュー。「十人十色」「格好悪いふられ方」「Rain」などヒット曲が数々。2008年ジャズピアニストを目指し渡米、2012年にアルバム『Boys Mature Slow』でジャズピアニストとしてデビュー。現在、NYブルックリン在住。2016年からブルックリンでの生活を note 「ブルックリンでジャズを耕す」にて発信している。著書に『9番目の音を探して 47歳からのニューヨークジャズ留学』『ブルックリンでソロめし! 美味しい! カンタン! 驚きの大江屋レシピから46皿のラブ&ピース』(ともにKADOKAWA)ほか多数。

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