「それから」の大阪 第6回

屋台も人も消えた、今宮戎神社の十日戎

スズキナオ

大阪の年始の楽しみといえば「十日戎(十日えびす)」だ。毎年1月10日に開かれるお祭りで、七福神の恵比寿天を祀って商売繁盛を祈願するもの。1月10日が「本戎(ほんえびす)」で、9日の「宵戎(よいえびす)」、11日の「残り福」と前後1日ずつも含めた計3日間に渡って行われる。

十日戎は西日本を中心に広まった祭礼で、大阪府大阪市浪速区の今宮戎神社、兵庫県西宮市の西宮神社、京都府京都市の京都ゑびす神社の3つの神社で開催されるものが特に規模が大きく、「日本三大えびす」と総称されることがある。

大阪府内には、大阪市北区の堀川戎神社、東大阪市の布施戎神社など十日戎が開かれる神社が点在するが、祭礼として一番の規模を誇るのが前述の今宮戎神社である。今宮戎神社は難波をはじめとしたミナミエリアに近く、周囲は古くから商業の町として発展してきた。今宮戎神社は時代が進むごとに商売繁盛に御利益のある神社として信奉されるようになり、特に江戸時代以降、十日戎のお祭りが大阪の庶民たちにとって毎年の恒例行事として認知されるほどになっていったという。

大阪で「十日戎」と言えばこの今宮戎神社で行われるものを指すことが多く、神社の名を取った「今宮戎」という言葉で表現する場合も多々ある。しかし「十日戎」「今宮戎」よりもっとポピュラーな呼び名は「えびすさん」から転じた「えべっさん」だ。

大阪市浪速区にある今宮戎神社。西暦600年建立と伝えられる(2021年1月撮影)

大阪で「えべっさん行ってきたわ」と言えばほとんどの場合「今宮戎神社の十日戎に行ってきました」と解釈していいという感じである。その「えべっさん」がいかに大阪にとって親しまれているかは、その響きに引っかけた「大阪エヴェッサ」という名のプロバスケットボールチームがあることからも分かるというもの。

大阪に引っ越してくる前、東京に住んでいた頃の私は毎年11月の「酉の日」にあちこちの神社で行われる「酉の市」によく足を運んでいた。「酉の市」もまた特に江戸時代から庶民の祭礼として活況を帯びるようになった恒例行事で、中でも規模の大きい浅草の鷲神社や新宿の花園神社が有名だ。境内には竹の熊手に様々な色とりどりの飾りをつけたもの(「熊手」と呼ばれ、「福をかき取る」という御利益があるとされる)を売る出店が並び、その華やかな色彩の中を練り歩くのが好きだった。

境内の中にも外にも屋台がずらっと並び、足の踏み場もないほど大勢の人がひしめき、自分もその群衆の一人となってゆっくりと進んでいく。屋台で酒やつまみを買いながら歩いていると、「今年ももうすぐ終わるんだな」と年の瀬を感じるのだった。

大阪で暮らすようになって初めて、「酉の市」が関東地方を中心とした祭礼だったと知った。「大阪には酉の市が無いんだ……」と、何とも言えない寂しさを感じていた私に「それ、えべっさんに似てるな」と友人が教えてくれたのが十日戎で、実際に行ってみると本当に雰囲気がよく似ている。

どちらも商売繁盛を祈るものだし、華やかな雰囲気に包まれた神社の周囲を練り歩いているだけで「今年も(あるいは来年も)いい一年になりそうだ!」と、根拠はなくとも縁起のいい気持ちになる。無数の屋台が立ち並び、それをひやかして回るだけで楽しいのだ。

道の両脇に屋台がびっしりと並んでいたかつての十日戎(2018年1月撮影)

「福箕(ふくみ)」と呼ばれる縁起物を売る露店もたくさんあった(2018年1月撮影)

しかし、当然のことだが、2021年にコロナ禍で開かれる今宮戎神社の十日戎は例年とはあらゆる面で異なっていた。

今宮戎神社の公式サイト上では十日戎への参拝を極力控えるよう呼びかけられ、「神楽奉納」「宝恵駕行列」といった華やかな儀式が中止になること、周辺への屋台の出店がなくなる旨などが示された。

新型コロナウイルスの感染拡大が一気に勢いを増して、1月7日には東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県を対象に2度目の緊急事態宣言が出され、大阪府、兵庫県、京都府などにも緊急事態宣言が発令されるかという状況(取材時)である。いくら毎年恒例の祭礼とはいえ、規模を大幅に縮小するというのもやむを得ない判断だろう。

十日戎は一体どんな様子になっているだろうか。それを自分の目で確かめたいと思い、可能な限り慎重を期しつつ取材に出かけることにした。

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「それから」の大阪

2014年から大阪に移住したライターが、「コロナ後」の大阪の町を歩き、考える。「密」だからこそ魅力的だった大阪の町は、変わってしまうのか。それとも、変わらないのか──。

プロフィール

スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『QJWeb』『よみタイ』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、パリッコとの共著に『のみタイム』(スタンド・ブックス)、『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)がある。

 
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