「それから」の大阪 第7回

夢の跡地「花博記念公園」の今

スズキナオ
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当時の資料と映像を見てみると……

1990年「国際花と緑の博覧会」開催前後に出版されたガイドブックや写真集(2021年1月撮影)

イベントに関連する書籍なのだから当然だが、どのページを開いてもいかにこの博覧会が意義深く、夢と希望に満ち溢れ、国を挙げての大事業として開催されたものかということが高らかにうたい上げられている。たとえば『EXPO’90 国際花と緑の博覧会公式ガイドブック(国際花と緑の博覧会協会発行)』の序文はこうだ。

“ゲートをくぐればそこはもう、花と緑と人が集うファンタスティック・ワールド。「いのち」と「こころ」が咲き競い、地球の未来をはなやかに歌っている。(中略)183日間、美しく変わっていく自然の不思議のなかで、人はどんな夢をみるだろう。”

『EXPO’90 国際花と緑の博覧会記録写真集(開隆堂出版刊)』では、会場全体が“どこへ行っても花と緑に抱かれたこの世のパラダイス”と表現され、『遊べるおもしろ花の万博(日本ヴォーグ社刊)』では、私が歩いた「山のエリア」を“世界各国の庭園めぐり、いま新鮮な感動を実感”というキャッチフレーズをつけて紹介している。勢いのある時代のイケイケな様子が伝わってきて、今さらながら会場の賑わいを体験してみたくなる。

私が当時の様子を知りたがっていると伝えると、開催時の模様を記録した『公式記録映画 花の万博(ジェネオン エンタテインメント)』というDVDを持っているという友人がその映像を見せてくれた。

1991年に製作された記念映画『公式記録映画 花の万博』のDVD(2021年2月撮影)

60分間の映像には、華やかな庭園だけでなく、政府や国内企業のパビリオンの模様、「町のエリア」と「山のエリア」を結んでいたロープウェイや、「山のエリア」内に敷かれたレールを走るSLが子どもたちで満員になっている様子などが映っていた。

「マジカルクロス」と名付けられた遊園地エリアをジェットコースターが走り、当時は「いのちの海」と呼ばれていた池のまわりでダンスショーが上演され、背後に花火が上がる模様も収められている。当時の自分がここに来ていたらきっとはしゃぎまわっただろう。それらの映像を見れば見るほど、一大テーマパークのようなこの場所が自分が見てきたのと同じ場所に確かに存在していたということが幻のように思えてくる。

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「それから」の大阪

2014年から大阪に移住したライターが、「コロナ後」の大阪の町を歩き、考える。「密」だからこそ魅力的だった大阪の町は、変わってしまうのか。それとも、変わらないのか──。

プロフィール

スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『QJWeb』『よみタイ』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、パリッコとの共著に『のみタイム』(スタンド・ブックス)、『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)がある。

 
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