「それから」の大阪 第8回

船場の昔と「船場センタービル」

スズキナオ

船場センタービル探索へ

京都・伏見からの商人が多く移り住んだことからその地名がついた伏見町付近などを散策した後、私は船場センタービルに向かった。船場センタービルは船場中央を東西に貫く商業施設で、その全長は約1キロもある。

1970年に完成した巨大な商業施設「船場センタービル」(2021年3月撮影)

香村氏の著作の中では「横に寝たエンパイア・ステート・ビル」と紹介されている船場センタービル。完成したのは1970年だ。万博開催に向けて大規模な都市開発が計画される過程で、大阪市の中心部を東西に走り抜ける幹線道路である中央大通が新設されることになった。しかし、その道路が貫く予定の船場エリアには小規模な繊維問屋がひしめいており、それらをすべて移転させようというのは困難な話だった。そこで、道路を高い位置に通してその下に長大な商業施設を作り、繊維問屋をその施設内に移すという大胆なアイデアが構想され、他にいくつかあった案を押しのけて採用されたのだという。船場センタービルの長大さは、そういう成り立ちゆえのものなのだ。

船場センタービルの1号・2号館付近。建物の上に中央大通、さらに高い場所に阪神高速の道路が通っている(2021年3月撮影)

船場センタービルの敷地は1号館~10号館までに分かれており、各館に地下から地上階まで数フロアの商業スペースが設けられている。つまり、そのすべてを歩き切ろうと思えば、1号~10号館の全フロアを上がり下がりしながら端から端まで見ていく必要があるのだ。

各館に数フロアの商業スペースがあり、主に衣料品を扱う問屋、小売店の店舗が入っている(2021年3月撮影)

私は過去に何度も船場センタービルに来たことがあったが、そのすべてを歩き切ったことはなかった。コロナ禍の館内の様子を見ておく上でも、今日はくまなく歩いてみよう。その前にまず腹ごしらえだ。

船場センタービルには数箇所の飲食店街があり、館内で働く従業員はもちろん、近隣のオフィスで働く人々や買い物客まで幅広い層が利用している。

2・3号館の地下2階。通路の両側に様々なジャンルの飲食店が立ち並ぶ(2021年3月撮影)

特に2・3号館の地下2階フロアは「ジョイ船場50」というレストラン街になっており、お昼時はにぎわっている。「粕汁定食」が名物だという「天友」で昼食を取ることにした。

定食類から酒のアテまで多様なメニューのある人気店「天友」(2021年3月撮影)

名物の粕汁定食は具材たっぷりでかなりの満足感(2021年3月撮影)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

店内にはスーツ姿の一人客や、若い女性グループ、テーブルにビールの空き瓶を並べている昼飲み客など多様な人の姿がある。筆者が具材がごろごろ入った美味しい粕汁を啜っていると、久々にここに来たらしき客とお店の方の会話が耳に入ってきた。「久しぶり。コロナの影響はあんまりないか?」「ありますよ!特にお昼はお客さんがだいぶ減ってしまって」と、やはりこのご時世、自然とコロナ関連の話題になるようだ。周辺がオフィスビルばかりのここ船場エリアでは、企業がリモートワークを取り入れたことによって出勤してくる人の数が減った影響が特に大きいらしい。また、出勤してきても外食を避け、オフィス内で食事をとる人が非常に増えたらしい。「外食はリスクやゆうて、みんな嫁さんからお弁当持たされてるんでしょうねぇ」と、お店の方が苦笑するのが聞こえた。

飲食店街では紙製のマスク収納ケースが配布されていた(2021年3月撮影)

お腹が満たされたところで改めて1号館まで戻り、10号館まで、一般の立ち入りが許されるフロアのすべてを行ったり来たりしながら、その雰囲気を見てまわった。こうしてみると、1号館~3号館はアンティーク雑貨や海外からの輸入雑貨などを扱う商店が目立ったり、4~5号館あたりになるとフォーマルな紳士服、婦人服を販売する老舗らしき店が増え、6~7号館では呉服店や高級感を打ち出したブティックが目につくなど、少しずつ特色があるのがわかってきて面白い。

また、1号館~10号館までの構造はすべて同一ではなく、地下2階まである部分もあれば地下1階までしかない部分もあり、逆に地上4階までのところと3階までのところがあったり。おそらく建物の上を走る道路、隣接する地下鉄駅の構造との兼ね合いなのだろうが、かなり複雑な作りになっているのがわかる。歩けば歩くほど「こんな不思議な建物って他には無いんじゃないだろうか」という思いが強くなってくる。

ピンク色の派手なジャケットが店頭に並ぶ紳士服店(2021年3月撮影)

高級呉服を扱う店も多い(2021年3月撮影)

寝具やタオル、生地を販売する店なども数多い(2021年3月撮影)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「それから」の大阪

2014年から大阪に移住したライターが、「コロナ後」の大阪の町を歩き、考える。「密」だからこそ魅力的だった大阪の町は、変わってしまうのか。それとも、変わらないのか──。

プロフィール

スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『QJWeb』『よみタイ』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、パリッコとの共著に『のみタイム』(スタンド・ブックス)、『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)がある。

 
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