「それから」の大阪 第9回

中止と再開を繰り返す四天王寺の縁日

スズキナオ

「大阪で2番目にうまい店」

Yさんというその屋台の店主は「お話を聞きたいんですが」などと突然声をかけてきた私をしばらく怪訝そうに眺めていたが、後日、時間に余裕のある時に改めて連絡させてもらうことを条件に、連絡先を知ることができた。しかし、それからYさんとの予定の調整がうまくつかぬままに日が経った。

その後、四天王寺の縁日は2020年12月になって再び中止を余儀なくされる。感染者数が急増し、病床数がひっ迫したとして医療非常事態宣言が出されたことを受けての中止だった。その都度大きな判断を下すお寺側も大変だろうが、露店関係者にとっても目まぐるしく変わっていく状況に引っ張り回されるような状況だろう。Yさんはどうしているだろうか、と思っていた矢先のある平日の昼、「今からなら時間が取れる」とふいに電話をもらい、指定された西成区の某駅へと急いで向かうことにした。

Yさんと合流し、行きつけの店だというアーケードの商店街沿いにある食堂でチューハイを飲みつつ、お話を伺った。

Yさんが案内してくれた食堂(2020年12月撮影)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Yさんは現在60代半ばで、30代の頃は当時流行の兆しを見せていた「屋台村スタイル(一つの敷地の中に専門店を多数束ねたようなタイプの店)」をいち早く取り入れた居酒屋を経営していたこともあったという。「飲み歩いてバクチして、根が遊び人やねん(笑)」と語るYさんは様々な形で飲食に関わってきたが、そのポリシーは「味に対して手を抜かんこと」と「上手な人をよく見て、自分のものにすること」だそう。

四天王寺では今の屋台だけでなく、様々な商売をしてきた。縁起物の「祝い袋(金封)」を売る店をやったり、くじ引きの店をやったり、ちりめんじゃこを売ったり。様々な商売を渡り歩いてきたYさんだが、「何が正解で何が間違いかわからんからな」と、その都度、どうしたら店が繁盛するか、そして客にまた来てもらえるかを考え続けてきたという。「儲けばっかり考える人もおるけど、そういう店を客はよく見てるから『ここではもう買わん』と思う。せやからやっぱり最後は良心的なところが勝つと思う」と語る。

「もうわしも歳や。酒もよわなってきた」というYさんだが、その言葉に反して体はシュッと引き締まって筋肉質に見える。自分のことを飾り立てて話すようなことは一切ないが、数々の商売を経て積み上げてきたノウハウに絶対の自信を持っているように見えた。

「コロナで縁日が中止になったりして、大変ではないですか?」と愚問と思いつつ聞いてみると、「決まった祭りにだけ(露店を)出してたらこれが中止あれが中止ゆうて大変やけど、自分らはあちこち商売できとったから、そんなにめちゃくちゃ大変ではなかったな」という。Yさんは四天王寺以外にも、関西を中心とした各地の縁日やお祭りに露店を出しており、一年の始めにはその年の終わりまでのスケジュールが埋まっているのが常なのだとか。

年始は兵庫県宝塚市にある清荒神清澄寺付近にも屋台を出していたYさん(2021年1月撮影)

そんなYさんにとっては四天王寺の縁日も数ある商売の場所の一つだそうだが、長年お店を出しているゆえ、毎回Yさんの屋台を楽しみにくるなじみの客も四天王寺には多いのだとか。しかし、コロナ禍以降は特に高齢客が姿を見せなくなった。感染リスクを思えば人が集まる場所から足が遠のくのも必然だろう。「いつも来とった人が来んくなると心配になるわな。病気したんかなぁとかな。まあ、人出は少ななったな。前は2時間半待ちやったからな」とYさんは少し寂しそうに言うのだった。

そのYさんが昔やっていたある屋台で「大阪で2番目にうまい店」というキャッチフレーズをのぼりに大きく書いて大繁盛したことがあったという。Yさんの親方に当たる人が雑談の中で何気なく口に出した言葉が元だったらしいのだが、「2番目にうまい」という絶妙にユーモラスなフレーズが「おもろいやんけ」と客の心をくすぐったのだという。

「なんでもな、一番いうたらそれで終わりやねん。逃げ道がないねん。2番目いうたらまだ伸びる余地があるやろ」とそのフレーズに込められた意味を語るYさんに、逆境をユーモアに変えて乗り越える力強さを感じた。

お互いだいぶ酒を飲み、ほろ酔いになったところでYさんが私に言った。「なんか書くんなら一度バイトして自分の目で見てみんとな。こうやって話聞くより早いやんか!なあ」と。その時は「それもそうですねぇ」などと調子よくうなづいていた私だったが、2021年2月になってYさんから電話があり、3月のお彼岸の縁日に本当に屋台を手伝わせてもらうことになった。

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「それから」の大阪

2014年から大阪に移住したライターが、「コロナ後」の大阪の町を歩き、考える。「密」だからこそ魅力的だった大阪の町は、変わってしまうのか。それとも、変わらないのか──。

プロフィール

スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『QJWeb』『よみタイ』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、パリッコとの共著に『のみタイム』(スタンド・ブックス)、『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)がある。

 
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