「それから」の大阪 第10回

ベトナムに帰れぬ日々を過ごすアーティスト

スズキナオ

徒歩15分エリアにベトナム食材店が3軒オープン

改めて会えるタイミングを探ってスケジュールを調整している中、驚いたことがあった。ドゥックさんが滞在している此花区の千鳥橋エリアに、ベトナム食材を販売するショップが立て続けにオープンしたという情報を耳にしたのだ。徒歩15分ほどのエリア内に3軒ものベトナム食材店ができた。どのショップも2021年4月~5月の間にオープンしたものだ。

そこで、ドゥックさんと3軒のベトナム食材店をめぐりながら、この地域にベトナム食材店が一気に増えている理由や、大阪に住むベトナムの方々が生活の中で感じていることなどについて、その一端にでも触れられたらと考えた。

ドゥックさんによれば、これまで料理に使うベトナム食材を手に入れようと思うと、西淀川区福町や生野区鶴橋にある食材店までいく必要があったという。「まさか自分の滞在する場所のこんな近くにベトナム食材店がオープンするなんて」と驚きの様子だった。

此花区梅香にオープンしたばかりのベトナム食材店(2021年5月撮影)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初に訪ねたのは空き家を改装したらしきベトナム食材店で、それほど広い敷地ではないが、調味料やインスタント食品、フォーやビーフン、冷凍肉(カエルの肉も売られていた)やドリンク類まで幅広い品物が揃っていた。

チリソースを手に取るドゥックさん(2021年5月撮影)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

店は、生後数か月の赤ちゃんを抱っこした若いベトナム人のお母さんが切り盛りしているようだった。軒先にはベビーカーが置かれ、赤ちゃんをあやしながら接客もして、と忙しそうである。6月からは2階に軽食やコーヒーが味わえるカフェスペースもできる予定だという。

聞くところによると、ここからほど近い高見エリアにある集合住宅にはベトナム国籍を持つ技能実習生が100人ほど暮らしているそうで、そういった方々の需要を見込んでいるという。

出入国在留管理庁の調査による2020年の「在留外国人統計」によれば、日本に在留する外国人のうちベトナム人は約42万人で、中国、韓国に次いで第3位となっている(そのうち、大阪府内には約3万6千人が在留している)。また、厚生労働省が2020年に調査した「外国人雇用状況」によると、日本国内で働く外国人労働者を国別にみた結果、3位のフィリピン、2位の中国をおさえて最も多いのがベトナムで、2019年からの増加率でも1位となっている。

2017年に「外国人技能実習生制度」が改正されて受け入れ企業側のハードルが下がったことにともない、日本国内の企業で報酬を得て働きつつ様々な職業についての技能を学ぶ、いわゆる「技能実習生」として日本にやってくる人々が急増した。ベトナムからも多くの技能実習生が日本にやってきているが、中には劣悪な条件、環境のもとでハードワークに従事させられる人々も多く、その一部は社会問題にもなっている。

技能実習生の契約期間は基本的に3年、特定の条件を満たして延長すれば5年と定められているが、現在の日本国内には技能実習の契約期間は終了したもののベトナムに帰国することはできないというような、宙ぶらりん状態におかれている人もいるという。

そんな話を聞きながら買い物を済ませ、春日出というエリアにできた別のベトナム食材店を目指す。

商店街を歩くドゥックさん(2021年5月撮影)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

取材日は運良く梅雨の晴れ間だったが、数日にわたって雨が続いていた。「日本の梅雨は嫌じゃない?」とドゥックさんにたずねると、「ベトナムには雨季があるから雨は慣れているけど、何日か前、地元を思い出して久々に家族に電話してしまいました」と照れたように笑っていた。

活気あるアーケード街の端にオープンしたばかりのベトナム食材店「VIET QUAN 98」は先ほどの店よりも少し敷地が広く、店の奥のテーブルでは若いベトナムの男女が雑談をしたり食事をしたり、思い思いに過ごしている様子だった。

春日出商店街に5月にオープンしたばかりのベトナム食材店(2021年5月撮影)

聞くところによるとその多くは留学生だという。此花区にはベトナム人向けの日本語学校があり、学生も多いそうだ。彼らがたまに遊びに行くのは難波がメインで、ボウリングやビリヤードをして遊ぶことが多いと教えてくれた。ただ、コロナ禍でそういったこともなかなかできなくなってしまったそうだ。

店名につけられた「98」というナンバーはベトナムのバクザン省という地域を表す行政上のナンバーで、店主の出身地に由来しているらしいとドゥックさんが教えてくれた。ベトナム北部にあり、サムスン電子の大きな工場のあるバクザン省はコロナの被害が大きなエリアで、工場がストップすることによる経済的なダメージが深刻なのだとか。

その店を出て5分ほど歩くと、また別のベトナム食材店が見えてきた。

 

こちらのお店も5月末にオープンしたばかり(2021年5月撮影)

「ジャンボタニシ」とも呼ばれるスクリミンゴカイなど、珍しい食材も(2021年5月撮影)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらのお店でも生後間もない赤ちゃんを抱えた若い女性がレジに座っており、店内には赤ちゃんをあやすためか可愛らしい童謡が流れている。めぐってきた3店ともそれぞれに関係はなく、独立した店舗だという。品揃えは似通っているが、店ごとに少しずつ雰囲気が違う。どの店にも数人のベトナム人が集まって話し込んでいる様子が見られ、コミュニティスペースとしての役割も果たしているようだった。

あちこちで買い集めたベトナム食材がパンパンに入ったビニール袋を抱え、近所に住む私の知人の部屋で一休みしながら、改めてドゥックさんに話を聞くことにした。

次ページ  国境や国籍とは何か、自分自身に問いかけています
1 2 3 4
 第9回
第11回 
「それから」の大阪

2014年から大阪に移住したライターが、「コロナ後」の大阪の町を歩き、考える。「密」だからこそ魅力的だった大阪の町は、変わってしまうのか。それとも、変わらないのか──。

プロフィール

スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『QJWeb』『よみタイ』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、パリッコとの共著に『のみタイム』(スタンド・ブックス)、『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)がある。

 
集英社新書公式Twitter 集英社新書Youtube公式チャンネル

プラスをSNSでも

Twitter, Youtube

ベトナムに帰れぬ日々を過ごすアーティスト

連載