「それから」の大阪 第10回

ベトナムに帰れぬ日々を過ごすアーティスト

スズキナオ

国境や国籍とは何か、自分自身に問いかけています

――近いエリアにいきなり3つもベトナム食材店ができていて驚きましたね。

今は日本とベトナムを簡単に行き来することができないから、ベトナム人にとってはああいうお店が必要になっているのかもしれないですね。帰国できない人が仕事としてやっているのかもしれないです。

――ベトナムに戻れないことをドゥックさんのご家族は心配してないですか?

去年までは心配していたけど、今はここでしっかり生活できているとわかって安心しています。それにベトナムもコロナの感染者が増えて大変だから、むしろ状況が落ち着くのをゆっくり待ってから帰ってきた方がいいと思っているみたいです。

――ベトナム国内でもワクチン接種は始まっているんですか?

始まっているけどペースはすごくゆっくりです。それを待つよりも、日本では在留外国人にもワクチンを打つ予定だということをニュースで読んだので、日本で接種する方がいいかもしれないですね。ワクチンを打てば、ベトナムに帰りやすくなるかもしれないです。

此花区の交差点にて(2021年5月撮影)

 

 

――日本で過ごしていて、コロナにかかってしまうのではないかという不安は感じますか?

それは毎日考えていることです。もしそうなったら、支援団体の窓口に相談します。前に風邪をひいたときにそのセンターに電話したらすごく親切に対応してくれました。でもその時は結局、龍角散ののど飴をなめて、できるだけ野菜を食べるようにして治しました。

――健康状態が深刻になった時にスムーズに病院を受診できるか心配です。

私は英語や日本語も話せるしオンラインで情報を収集できるから条件はいいのです。ベトナム人の労働者は仕事が大変で体をケアする暇もないからもっと大変です。彼らの中にはオフィシャルな問い合わせ先を知らず、Facebookで頼れる人を探すしかない人もいるようです。

――大阪で過ごすことになった1年間をドゥックさんはどう感じていますか?

私はアーティストです。この状況をアドバンテージにしたい。この状況を制作に活かしていきたい。それはコロナに限らず、どんなシチュエーションに対しても思うことです。ポジティブな気持ちを持っていないと前に進むことはできません。大阪の人々はすごく親切に、ユーモアのセンスを持って私を受け入れてくれました。前に日本に来たときは東京の青山と長崎の佐世保に滞在しましたが、大阪、東京、長崎、どこも印象が違います。大阪は私の故郷のホーチミン市のように海に近いフレンドリーな大都市だという印象です。同時に、私の母の故郷であるハイフォンという港湾都市を思い起こさせます。

――大阪で生活していく中で困ったことはありましたか?

去年の9月にパスポートの期限が切れて、クレジットカードも使えなくなったことがあって大変でした。その時は大阪のベトナム総領事館に電話したけど、ベトナム人にとってはわかりにくかったです。ベトナムの政府の窓口なのにアナウンスが日本語の「お待ち下さい」だったりして(笑)それと、予約していたベトナムへのフライトがキャンセルになって、ベトナムと国際電話でやり取りしたのですが、その通話料が100ドルもかかったのはショックでした。

――大阪で暮らすベトナムの人たちについて思うことはありますか?

ベトナム人が日本で働く方法がもっと簡単になって欲しいと思います。移民の人たちが仕事をするのに色々と許可が必要なケースが多くて、でもこれはベトナムだけでなく、他の国から来た人にとってもそうだと思います。技能実習生はたくさんの契約で縛られています。「あれをしちゃいけない、これをしちゃいけない」というルールを、政府ではなく、彼らを派遣するベトナムの企業と受け入れる日本の企業だけで決めてしまいます。「仕事をしている間、絶対に妊娠してはいけない」とか。妊娠してしまうと強制送還されるんです。

――普通に働きたいだけなのに過酷な状況に置かれてしまうというのはおかしいですよね。

そう思います。アメリカに滞在した経験と比べると、日本はどんなことをする上でも、たとえば携帯電話の電話番号を持ったり、Wi-Fiルータを借りるだけでも在留カードが必要となり、ハードルがすごく高いのです。ただ、私はアーティストなので、労働者の置かれている環境とは違います。ハードワークをする必要もありませんからね。外国人に対するステレオタイプな見方もなくなって欲しいですし、同時に、私に対して「ベトナムに帰れないかわいそうなアーティスト」というステレオタイプな視線が向けられるのも望んでいません。

――本当にそうですね。ステレオタイプな考えは差別を生み出す要因にもなりますね。

世界が一つの国家であったらと夢想をしたりすることもあります。状況に対する不平不満や比較ではなく、大阪の人々や、大阪に住む若いベトナム人たちと考えや問いかけを共有したいと思っています。旅行者のように短期間ではなく、大阪に1年以上という長い期間滞在することによって、国境や国籍といったものがなんであるかということを、私は自分自身に問いかけています。

 

インタビューを終えて数日、ドゥックさんが言った「ステレオタイプな見方がなくなって欲しい」という言葉が私の頭を何度もめぐった。まさに私はドゥックさんを「かわいそうなアーティスト」という偏見で見ようとしていたのではないか。そして、日本にいるベトナムの方々を「過酷な環境に置かれた人々」としてばかり見ようとしていた気がする。

ベトナム食材店を一軒ずつめぐり、お店の方やドゥックさんと対話して感じたことは、一人一人が違う人間で、違う表情と違う声で語っているという、ただただ当たり前のことであった。のんびりと店番をしている様子が楽し気に見える瞬間もあったし、そしてまた、少し病気をしただけで不安にさらされるという状況と隣り合わせでもあるのだろうと思えた。海外からやってきて大阪で暮らす人々を少しでも身近に感じられるよう、自分の理解の解像度をもっともっとあげていかなくてはと思った。

ドゥックさんは6月頃に新しい展覧会を開くべく準備を進めているという。それまでに一緒にお酒を飲みながら食事でもしようと約束したので、まずはその日を楽しみにしたいと思う。

(つづく)

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「それから」の大阪

2014年から大阪に移住したライターが、「コロナ後」の大阪の町を歩き、考える。「密」だからこそ魅力的だった大阪の町は、変わってしまうのか。それとも、変わらないのか──。

プロフィール

スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『QJWeb』『よみタイ』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、パリッコとの共著に『のみタイム』(スタンド・ブックス)、『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)がある。

 
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