「それから」の大阪 第1回

天満あたりから歩き始める

スズキナオ

初めて見る「生活者のための大阪」

そうして引っ越してくる少し前に、改めて大阪を訪れた。妻の実家に挨拶に行きがてら、近所を散策した。「『天神橋筋商店街』という長いアーケード街があるから見てきたらどうか」と教えられ、そこまで歩いてみることにした。

「天神橋筋商店街」は大阪市北区の天神橋一丁目から七丁目までを貫いて伸びていて、「日本一長いアーケード商店街」が謳い文句になっている(アーケードは天神橋二丁目から六丁目まで設置されている)。ちなみに、大阪の北側の中心地である梅田からもほど近く、JR大阪駅から環状線という電車に乗って一駅の距離だ。

地下鉄の天神橋筋六丁目駅があるあたり、通称「てんろく(天六)」から商店街に入っていくと、通りの両側からせり出すかのような迫力で、たこ焼き屋、洋品店、100円ショップ、寿司屋、雑貨屋、ドラッグストアなどなどの店舗が立ち並んでいて、その間を大勢の人が行き交っている。それまでの自分にとって、大阪のイメージといえば、学生時代に旅行に来て歩いた道頓堀とか新世界など、これぞ大阪というような観光地ばかりで、歩いているのもほとんどが観光客のように見えたけど、ここは違う。おじさんおばさん、おじいさんおばあさん、スーツ姿の人、ベビーカーを押す人、若いカップル、学生グループ、様々な年齢層の人たちがそれぞれの目的を持ってやってきている様子だ。

賑わう天神橋筋商店街(2014年10月撮影)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もちろん私のように、有名な天神橋筋商店街とやらを歩いてみようとやって来た人や、好きなお店があって遠くから足を運んでいる人もいるのだろうけど、近くに住まいや職場や学校があったりする人々が生活空間として利用している印象である。

数年暮らした今となっては、天神橋筋商店街はまだまだよそいきな表情を持った方で、大阪には他にもっともっと生活感に溢れた商店街がたくさんあると知ったが、その時の私にとって、天神橋筋商店街の喧騒は、初めて見る「生活者のための大阪」として映った。

少し歩くとJR天満駅付近にさしかかり、そこからグッと道幅が広くなる。この辺りは天神橋筋商店街の中でも一番活気のあるエリアで、前述の通り、年齢も性別も目的も様々な人たちが雑多に集まっているため、テレビの番組のロケ隊を頻繁に見かける。大阪らしいコテコテな雰囲気にフォーカスしたければおばちゃんにカメラを向け、景気の動向について聞きたければビジネスマン風の男性にマイクを差し出し、と、どんな取材テーマにも対応できて便利なスポットなのだろう。

天神橋筋商店街をそのまま歩き、菅原道真を祀る大阪天満宮に賽銭を投げに行くのもいいのだが、私は大抵このJR天満駅周辺の路地に吸い込まれていく。特に駅の北側から天満市場のある「ぷらら天満」周辺にかけての路地の入り組み方とそこに飲食店がひしめく様子は、雑多でエネルギッシュで、私の胸を高鳴らせるものがあり、初めて足を踏み入れた時には強い衝撃を受けた。

天満「但馬屋」前(2015年10月撮影)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝9時から営業する酒場「但馬屋」では、大量に余ってしまったキムチを天ぷらにしてみたところから生まれた「キムチ天」をつまみに瓶ビールが飲める。老舗のお好み焼き店「風月」の目の前には、おばあちゃんが店先の鉄板でたこ焼きを焼く店がある。市場で働く人々向けに午前1時から午前11時まで営業している大衆食堂「ひろや」は、ディナータイム限定で「裏ヒロヤ」と名を変え、行列のできる絶品イタリアンバルとなる。市場の北側には庶民的な価格の飲食店が軒をつらね、ビニールシートを軒先に張り出して営業するスタイルの店舗が多いために「ビニシー通り」と呼ばれている。

「但馬屋」の名物、キムチ天(2019年9月撮影)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キョロキョロと視線を動かしながら歩くだけで鳥肌が立つほど興奮してくる、迷路のような町並み。江戸時代から一大問屋街として賑わったのが空襲によって焦土と化し、戦後の闇市から再復興していったというエリアゆえ、複雑な構造が形作られていったのだろう。こんなに魅力的な町並みがあるのか……この町の近くでなら楽しく暮らしていけそうだと、そう思った。

そうして天満の隣町に暮らすことになった私は、たまに東京から友人が遊びに来ると、まず必ずといっていいほど天満を案内するようになった。自分が初めて触れた大阪の生々しい迫力を友人たちにも味わって欲しいのだ。その都度、案内する私自身に新しい発見をもたらしてくれるような、尽きない魅力がこの町にはある。

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第2回 
「それから」の大阪

2014年から大阪に移住したライターが、「コロナ後」の大阪の町を歩き、考える。「密」だからこそ魅力的だった大阪の町は、変わってしまうのか。それとも、変わらないのか──。

プロフィール

スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『QJWeb』『よみタイ』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、パリッコとの共著に『のみタイム』(スタンド・ブックス)、『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)がある。

 
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