対談

出生前診断──選ぶ・選ばない・選べない

室月淳×河合香織

室月淳
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 2月26日、下北沢の本屋B&Bにて『出生前診断の現場から 専門医が考える「命の選択」』著者の室月淳(宮城県立こども病院産科科長)さんとノンフィクションライターの河合香織さんによる刊行記念トークイベントが行われた。書名にあるように出生前診断において行われている「命の選択」をどう考えたらよいのか。トークテーマである「選ぶ・選ばない・選べない」というそれぞれの立場から、壇上だけでなく会場に多数詰め掛けた医療関係者からも積極的な発言が飛び出す、熱を帯びたトークイベントとなった。

新型コロナと偽陽性偽陰性

室月 『出生前診断の現場から』を書いた室月淳と申します。今日は新型コロナウイルスの騒ぎの中、ご来場いただきありがとうございます。

河合 出生前診断の誤診で生まれてきた子どもの裁判を追った『選べなかった命』(文藝春秋)を書いたノンフィクションライターの河合香織です。よろしくお願いします。ちょうど昨日、室月先生のコロナに関するツイートがすごくRTされていましたね。

”新型コロナウイルスの検査は重症者のみという行政の方針は医学的にはまったく正しい。PCRの感度特異度は高くなく、これをローリスクの対象者に行えば大混乱となります。しかしこのことは一般の人の直感に反するためなかなか理解されません。検査は不安をなくするために行われるものではないのです。”

https://twitter.com/junmurot/status/1231671819318415360

室月 ええ。診断学では基本的な概念なのですが、直観的にはわかりづらいので解説をしました。検査数の抑制というのは、検査場所に人が集中するための感染を防ぎ、検査陽性イコール入院という運用における医療崩壊を防止するためなのですが、実はなによりも検査の精度の問題からきてしまう誤解をなくす意味が大きいです。検査はすればするほどいいわけでも、安心できるわけではないのです。

 この検査自体にある問題は直観的に理解するのがむずかしいのですが、ここではたとえば、卵巣がん検査を例にして考えてみましょう。卵巣がんの組織からはある特異的な物質(CA125といいます)が出ているので、卵巣がんの疑いのある人の診断には、採血してその物質を調べ、その値が高ければがんの疑いが強いと考えます。これを腫瘍マーカーといいます。

 それならば、すべての女性に腫瘍マーカー検査をして、卵巣がんのスクリーニングをすればいいと思うかもしれません。しかし実はこのCA125といわれる腫瘍マーカーは、健康の人でも100人に1人くらいは値の高い人がいるのです。そういった人にいろいろと精密検査をしてみても、がんは見つかりませんし、むしろ侵襲的な検査を行うことのデメリットのほうが出てきてしまいます。

 たとえば超音波などで下腹部に腫瘍がみつかり、卵巣がんの可能性が高そうと推測できる人に採血をして腫瘍マーカーが高い値であれば、かなりの確率でがんであるといえます。逆になんの症状もない人(卵巣がんがかくれている確率がかなり低いと予想できる人)にこの検査をおこなうと、陽性と出てもほとんどの人ががんではありません。こういった腫瘍マーカーの検査は、事前に卵巣がんの確率が高いと思われる人におこなうのが望ましく、ある程度対象者を絞ることで、意味のある検査になるのです。

 新型コロナウイルスの検査も同様です。やみくもに全員が検査をしてもあまり意味がない。むしろ病院がパンクしたり、病院で感染してしまう恐れがある。ですから、例えば流行している土地で、高熱が何時間も続くなどの典型的な症状を示している人に検査をし、陽性だと出ると非常に意義があります。

 また自分が安心したいために、陰性を確認したくて検査を受けることにも問題があります。検査は100%の精度があるわけではありません。罹患していないのに陽性と出てしまう「偽陽性」の人も多く出てきます。本当は罹患していない人を数週間も隔離していいのか? 実は今回の新型コロナウイルスの問題は、新型出生前診断(NIPT)の問題とも似ている点があります。

河合 本題に入る前に、新型出生前診断(NIPT)について簡単にご解説いただけますか?

室月 日本で2013年から開始された新型出生前診断(NIPT)は、21トリソミー(ダウン症)、18トリソミー(エドワーズ症候群)、13トリソミー(パトー症候群)の3つが対象となります。

 現在、NIPTは希望者が全員受けられるわけではなく、35歳以上の高齢妊婦の方、上の子に染色体の病気がある方、超音波検査などで異常所見が指摘された方のいずれかの場合で可能です。血液検査で、費用は15万~20万円ほどですね。

河合 コロナと同じように、NIPTにも偽陽性のような場合がありますよね。読売新聞(2012年8月29日)がはじめてNIPTを取り上げた記事では「精度99%」などと書かれていましたが。

室月 正確に言うと「精度」ではなく、「感度」「特異度」のことです。感度とは、ある病気をもっている人たちの何パーセントがこの検査で「陽性」と出てくるか、特異度とは、病気をもっていない人たちの何パーセントがこの検査で「陰性」と出てくるかを意味します。これは病気の人たちを集団としてみて、検査がどの程度正確かをいわば上から俯瞰して評価するみかたです。

 しかしひとりひとりの個人の立場にたつとき重要なのは、検査が「陽性」のとき自分がほんとうに病気であるのは何パーセントくらいか、「陰性」のときに自分がほんとうに病気でないのは何パーセントくらいかです。前者を「陽性的中率」、後者を「陰性的中率」といいます。「感度」「特異度」と似ていますが、まったくちがう数値なのです。

 ダウン症候群を例にあげれば、NIPTで「陰性」なら99.9%以上はダウン症候群ではありません。一方、「陽性」と出た場合、80~90%の確率でダウン症候群となりますが、10~20%はダウン症候群ではないことになります。だからこそNIPT陽性のときは、確定検査の羊水検査が必要となります。NIPTは確定するための検査ではありません。

 NIPTもまた、年齢的にダウン症候群のリスクが低い若い人におこなうと、陽性的中率が50%程度と低く出ることが知られています。すなわち「偽陽性」ですね。ですから検査をおこなうならば、年齢的にリスクが高いと推定される人にしぼるべきです。若い人に検査をおこなうと、偽陽性がふえて意味のない不安をふやします。この点がさきのコロナウイルスのPCR検査とおなじことがいえるのです。

 希望している全員が検査を受けられるわけではないので、無許可の施設でNIPTを受ける人もいます。陽性だったら、病院に行って検査をしましょうと勧めているようです。去年、私のところにも、そうした例で3件の患者さんが来ました。うち1件は偽陽性で、安心して出産されましたが、病院へ行かずにそのまま中絶する人も多いことを考えると、検査をしすぎることには疑問を持っています。

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プロフィール

室月淳

室月淳(むろつき・じゅん)

1960年、岩手県生まれ。東北大学医学部卒業後に東北大学医学部産婦人科に入局。カナダ・ウェスタンオンタリオ大学ローソン研究所に3年間留学し、国立仙台医療センター産婦人科医長、岩手医科大学産婦人科講師などを経て、現在は宮城県立こども病院産科科長。東北大学大学院医学系研究科先進成育医学講座胎児医学分野教授を併任。共編著に『骨系統疾患−出生前診断と周産期管理』『妊娠初期超音波と新出生前診断』、単著に『出生前診断の現場から 専門医が考える「命の選択」』がある。

河合香織

河合香織(かわい・かおり)

1974年生まれ。ノンフィクション作家。神戸市外国語大学外国語学部ロシア学科卒業。2004年に出版した『セックスボランティア』で障害者の性と愛の問題を取り上げ、話題を呼ぶ。2009年『ウスケボーイズ―日本ワインの革命児たち―』で小学館ノンフィクション大賞を受賞。2018年『選べなかった命―出生前診断の誤診で生まれた子』では大宅壮一ノンフィクション賞と新潮ドキュメント賞を受賞した。

 
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