プラスインタビュー

世界の人々を巻き込みアートを生み出す画家 ミヤザキケンスケが注目を集める理由 第2回

ミヤザキケンスケ・画家

ミヤザキケンスケ
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一枚の壁画が、それぞれの人にとっての「壁」を越える力となるように……。「 Over the Wall 」プロジェクトの主催者として、見た瞬間に幸せな気持ちになれる壁画を国内外で描くことを目指している、アーティスト・ミヤザキケンスケ。第2回は、ミヤザキの中学時代までさかのぼり、迷いと葛藤を越えて至りついた、彼の表現の本質に迫る。

2017年、ウクライナでの壁画作成風景。いかに大きな絵なのかがわかる。

 

 ある日のミヤザキのブログには、「好きなことだけして生きる」という言葉が記されていた。

「中学生の頃から、生きるってなんだろう、と考え続けていました。クラスでも賑やかな部類の生徒だったので、周囲からはそう見られてなかったと思うのですが。尾崎豊を聴いて(笑)、自由って何だろう、人生の限られた時間を何に使うべきか、いったい自分は何をしたいんだろうと。わが家は父がサラリーマンで母は専業主婦というごく普通の家庭でしたが、ぼくはサラリーマンとして、誰かに雇用され給料を与えられるような、自分の時間を金に換える仕事ではなく、自分の手で生み出したものを直接お金に換えて、それでご飯を食べていきたい。そう思っていたんです」

 ミヤザキは兄1人姉2人の4人兄姉の末っ子で、その兄姉構成も自分の生き方にかなり影響しているという。

「兄はスポーツがものすごくできて、上の姉はしっかり者で勉強もできました。そして3つ離れたすぐ上の姉が、中学まで常にオール5の秀才だったんです。学校の先生方もみな、姉のことを覚えていて、比べられるのが嫌でした。その姉がまた、絵もうまかったんですよ。でも彼女は絵を選ばなかった」

 ミヤザキが選択したのは、地元佐賀県に一校だけあった、芸術コースのある高校への進学だった。

「ものすごく絵が好きだったとか、うまかったか、というとそうでもなかった(笑)。中学のときに一度、クラスで一番の子とテストの成績で勝負してやろうと、猛烈に勉強したことがあるんです。でも勝てなくて。普通に考えて、そんな俄か勉強で勝てるわけがないですよね。でも悔しかった。ぼくはそこそこの学校にしか行けないけど、頭のいい子たちは、頭のいい子ばかりがいる学校で、きっとぼくができないような会話をするんだろう。そう考えたら怖くなって、だったらぼくは、彼らがしない話をしたい、彼らが経験しないことをしたい、と」

 しかし「限られた時間を何に使うべきか」と、美術の道を選んだにも関わらず、高校時代も迷いの中にあった。

「ぼくは、中学はサッカー部で絵なんて描いてなかったけど、高校の美術コースにはたった20人の枠に、県内から美術で鳴らした人ばかりくるんです。しかもほぼ女子で、わずかな男子も文化系しかいない。居心地が悪くて、クラスの子とはつき合わずに、バンド組んで不良っぽい子たちとつるんでました。でも、そのつるんでた仲間も大学進学などの話を始めて、このままではいられないんだな、と切実に思って。自分は絵を描きに来たはずなのに、絵に距離を置いている、すごく中途半端だと気づいたんです」

 思い込んだら一直線のミヤザキ。思考は佐賀から、なぜかフランスへ。

「極端なんですが、美術といったらフランス、フランスで学ばないと画家になんてなれない、と思い込んだんですね(笑)。それで母親にフランスの大学に行かせてくれ、と頼み込んだのですが、もちろん即却下。それでも食い下がったら、まずベルギーにいる親戚のところへ行ってみたらどうかと。それで高校3年に上がる前の春休みに、二週間行かせてもらいました」

当初はベルギー経由でフランスに行くつもりだったが、同じ年のいとこに、「日本人は、写真だけ撮って、何も見ずにすぐに去る」と言われたのが悔しく、計画を変更。毎日、ベルギーのあちこちに出かけては、スケッチをした。

「東京にも行ったことがないのに、いきなりベルギーでしょう。しかも英語もしゃべれないのに、ベルギーは公用語がフランス語とオランダ語。パニックですよ。でもここまで来て、何もしないで帰るわけにはいかないから、道端に座って、下手なりに今までで一番頑張って、一日4~5枚スケッチを描きました。言葉は分からないけれど、通り過ぎる人々にたくさん話しかけられて。最終日に親戚家族にはじめてスケッチを見せて、そうしたらウワーって感じで、ものすごく盛り上ったんです。言葉がなくても、絵で伝わった瞬間でした。自分の存在を認めてもらえた感じがして、『ああここにいていいんだな』と」

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プロフィール

ミヤザキケンスケ

1978年佐賀市生まれ。筑波大学修士課程芸術研究科を修了後、ロンドンへ渡りアート制作を開始。「Supper Happy」をテーマに、見た瞬間に幸せになれる作品制作を行っている。2006年から始めたケニア壁画プロジェクトでは、100万人が住むといわれるキベラスラムの学校に壁画を描き、現地の人々と共同で作品を制作するスタイルが注目される。現在世界中で壁画を残す活動「 Over the Wall 」を主催し、2016年は東ティモールの国立病院、2017年はUNHCR協力のもと、ウクライナのマリウポリ市に国内難民のための壁画を制作した。2018年はエクアドルの女性刑務所で制作予定。

 
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